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Interview

定期的に更新するインタビューのページです。Webクリエイターだけでなく、
さまざまなジャンルの方々のインタビューを掲載していく予定です。


04 ニシザワマユミ

2005.12.07 [ Designer ]

ニシザワマユミ

長野市でフリーランスのデザイナーとしてパンフレットやDMなどのグラフィックデザインはもちろん、Web、写真、テキスト、プロダクトデザインまで、幅広い分野の制作物をハイレベルにクリエイトし続けるニシザワマユミ氏。自分流に素材を集めそれを編集しながらデザインをしていく「サンプリング」が自身の原点と語るニシザワ氏の、クリエイターとしてのバックグラウンドや制作手法など、そのこだわりを語っていただきました。

インタビュアー/id=Nagano 写真/倉林貴志

─デザイナーになろうと思ったきっかけはなんですか?

まず、将来への何の展望もないまま公務員試験を受験し、高校卒業後すぐに学校事務職員として塩尻市の小学校に配属されました。当時は、仕事にも慣れた2年目あたりから残業もあまりないですから、5時とかに家に帰れるわけです。そうかといって単身で故郷から離れた地で、学生でもないですから同じ年頃の友達もいず、非常に暇でした。それでいて給料もかなり安い。行くところっていうと本屋くらいしかなかったです。雑誌類はほとんど立ち読みで、長時間を本屋で過ごしていました。雑誌の立ち読みが終わると、自分の好きな出版社や作家のコーナーをチェックしてまわり、家で読む本を購入、あるいは購入予定して帰るんです。そうやって興味の赴くままに本や雑誌などを読み漁っていました。特に自分の生まれた頃の時代(60~70年代)の文化に非常に興味があって、そういった文献の中からポップアートというものを知りました。
ウォーホルとかリキテンスタインなど、シルクスクリーンでコカ・コーラの瓶を増殖させたり、マリリン・モンローの写真や新聞に掲載された犯人の写真などにいろいろなパターンで彩色をしたり、コミックの一コマを油彩で再現したりするやつです。世の中に氾濫している印刷物の一部を使って表現されたものが、芸術品として高く評価されている、こういう世界があるんだということを知り、美術の授業にトランプのマークを自分の作品に組み込んでいたことを楽しんでいた自分にとっては、芸術って景色や人物や空想のものを丁寧に描いたり作り込んだりしたものだけではなくて、既存のものを組み合わせて作りあげていく手法もありなんだなあと衝撃を感じた瞬間でした。

─60~70年代のものに影響を受けたというのは大きなポイントだったのですね。

音楽や映画も60~70年代のものが好きでした。レコードのジャケットや映画のポスターなども、80年代の量産お気軽文化を見てきた自分にはすごく新鮮で洗練されていてカッコよく映りました。その流れで当時の渋谷系といわれるミュージシャンらの仕事にも興味が及びました。60~70年代の音楽や映画の音源を使って曲を構成したり、その時代のナントカ風な曲にするやり方、いわゆるサンプリングです。CDのジャケットもしかり。元ピチカート・ファイヴの小西康陽氏やアート・ディレクションをしていた信藤三雄氏らの仕事です。
その既存の物を組み合わせて新しい物を作り出す、素材の料理次第で違うものができるという現象。或いは別の価値が生まれる、といったところに先のポップアートとの複線が生まれて、美術というのは重厚な芸術品だけではないんだなあと、商業的な分野もあるんだなあと、ある意味うさん臭いような魔法のような印象の、そんなおもしろい仕事があるんだなあと思いました。デザインという職業を意識したのはその時です。職業としてやってみたいことが確固とした瞬間でした。
結果的に暇な時間をもてあまして、本を読み漁ったことが大きく影響を与えたと思います。それまで何も考えていませんでしたから。考えていたとしても、何やら漠然としたもやもやしたものが頭の中を漂っているだけで、自分の意見を口に出して言うことすらできなかったです。本にはそんな漠然とした自分の考えを代弁するようなことや、未知の世界が書かれていて、それがガシガシと自分の血や肉になっていった感覚です。そうやって自分の好きな物、嫌いな物を選り分けて、興味を辿っていった先にデザインという仕事がありました。
これまでの人生で何度か転機のようなものがありましたが、たいてい暇をもてあましてブラブラしていた期間に得たことがその後の人生に影響を与えてきているというのはあります。だからそんなノラクラして遠回りしているような期間を大切にしたい。個人サイト「IDLEDAYS」のネーミングはそのへんからきています。

─写真もかなり撮られていますね。いつからはじめたのですか?

デザイン会社に勤務して4年目、やっとそれなりにデザインの仕事がわかるようになった頃ですね。病が発覚し、突如として入院生活に突入しました。それから半年間の入院生活も含め、フリーのデザイナーとして本格的に復帰するまでの2年間、再びブラブラ期間を満喫しました。
その間また暇ですからねー、これまで買うだけ買って読んでいなかった雑誌の消化に励む傍ら、何かひとつ自分でプロデュースして物づくりをしてみようと思い立ち、テーマをピンホールカメラに設定して布張りの小さな本を作ったんです。そこでピンホールカメラについて勉強したり撮影しているうちに、すっかり写真にはまっていました。それが5年前の出来事です。それから写真を撮るようになったんです。
それまでは、「風景写真なんてオヤジが撮るもんだ」とか「思い出に写真なんか邪道だぜ」とか思っていたぐらいで、入院する直前にタイ旅行に行った際には、カメラなんて荷物になるから使い捨てカメラでいいやーとか言って持って行かなかったり‥‥。今考えるとまるでありえない状況です。

─ニシザワさんの撮る写真は、非常に鮮やかで印象的な写真が多いですね。どのような着眼点で写真を撮られますか?

ありがとうございます。たいてい直感的に「色がきれい!」とか「かわいい!」とか「変!」とか「面白!」とか「ピーン!」と来た時にシャッターを切っているだけです。普通ですね。その他に「いい陰出してるねぇ」というのもあります。逆に光で透き通った感じも好きです。 構図はその被写体によってですが、ほとんどポイントとなるものをど真ん中にするってことはないです。見切れているのもけっこう好きですね。たぶんデザイナー的な感覚で撮っていると思います。どっか文字乗せ易いような構図にしているところあると思います。

─デザインの魅力とはなんですか?

デザインの仕事のおもしろいところは、サンプリングの妙で、素材として何を持ってくるか、素材をどう扱うか、素材をどう仕掛けるかで、見た人に与える作用が違ってくるところ。だから見る人がどんな人で、その人にどんな作用を与えたいかということを念頭に置いて、そこを目指して仕掛けていくわけです。ここでびっくりさせるとか、ここでまったりさせるとか、ここで納得させるとか。
その「仕掛けていく」というのが「気配り」の積み重なりで、それによって使いやすくなったり、気分がよくなったり、不愉快になったりと、いかようにもできる。そうやって「気配り」を仕掛けていって、見る人の心になんらかの作用を与えられるのがデザインの効能なのではないかと思います。

─ニシザワさんにとって、Webとはどういうものですか?

Webはそういった意味で「気配り」を二次元にも三次元にもそれ以上にも張り巡らすことのできる媒体なのではないかと思っています。平面だけでなく、どんどん奥深く中に入ってもらわなければならないわけですから、あらゆるところに気を配って仕掛けをして興味を持たせていかないと素通りされてしまう。
初めてWebの仕事をしたときはFlashもセットだったんですが、気を配る部分があまりにも多く、泣きました。自分の技術の及ばないところに気を配るべく穴が開いているのもうすうすわかるし。完璧な物を作るにはほど遠いなあと途方にくれました。でもユーザーを念頭におきながら、その地道に仕掛けていく作業がキツいながらもおもしろく、未知の部分がまだまだ無限にある世界に奥深さを感じています。勉強どころが満載なので果てしないです。

─(フリーランスで仕事をする人として)1日をどんな風に使っていますか?

仕事がなければ休日、仕事があれば営業日です。不定休24時間体制です。
たいていは、午前中は家事をやったり、新聞を見たりします。「新聞を見る」っていうのはほとんど見出しを見てるだけですからね。興味のある記事しか読まないです。週刊誌の見出しはくまなく読みます。あとはきれいなレイアウトであったり後々参考になりそうな広告やフローチャートを切り取ってとっておきます。週刊誌の変な見出しや変な記事、写真なども切り取ります。これは友人と時々交わしている原始メールなる手書きの小手紙のおまけとして添付するためのものです。
午後から本格的に仕事にとりかかります。6時くらいになるとしっかりお腹がすいてきますので、夕飯を作ってゴールデンタイムのバラエティー番組など見ながら食べます。同業者である夫はそんなに早く帰って来るわけはないので待っているなどという、いじらしいことはしません(笑)。10時くらいからまた仕事をすることが多いです。眠くて魂がどっかにいっちゃって不能状態になるくらいギリギリまで頑張ります。布団に入ったら即座に眠りに就きます。夫からはまるでのび太だと言われます(笑)。
本当に忙しい時は一日中家事も全くやらずにひたすら仕事をします。昼夜関係なく眠くなったら2時間寝るとか15分寝るとか、座布団を並べて仮眠をとったりします。フリーならではの気ままな生活です。かねえ? 休日は家族の行事に勤しんだり、カメラを持って出かけたりします。

─作品を作るうえで心がけていることはありますか?

今の自分にできる限りのこと、或いはそれ以上のことをして最善を尽くしたい、サービス精神を忘れないようにしたいと思っています。最終的にはお客さんに納得してもらえるように、お客さんの目的が達成できるような物を作らなければならないのですが、少なくとも自分が納得できる物を作って行きたいです。たとえば、お客さんが気にしていないような部分でも、自分が「こうすればよくなる」と思えば、それをやらないでそのままにしておくことはできないです。どこか抜けているとわかっていながら納品するというのは、やっぱり悔しいですし…。そういった土壺にはまりやすい性分なので、途轍もない時間を費やして大赤字になることもあり、不器用で全くスマートではありませんが、そうやっていいものができれば、きっと次に繋がってくって信じてやっています。
こんなのんきなことを言っていられるのはフリーであるということと、家族が支えてくれているからなのですが・・・。

─自分を刺激するために、どんなことをしていますか?

身の回りで活躍されているクリエーターの方々の作品を閲覧したり、公開している日記を見て動向を詮索したりなどして、「チクショーすごいなあ」とか「小癪だなあ」とか「やばいなあ」とか自分の危機感があおられることが今最も刺激になっていることです。なんかせこいですけど。
でもほんとは本を読み漁って吸収しまくっていた頃のような衝撃的な刺激を受けて大きく動き出したい、というのはあります。それにはもっと積極的に吸収のための時間を作って、本を読んだり人に会ったりなどして未知の世界を開拓していく必要性を感じます。まだまだ勉強不足ですし未熟ですから向上心を持って勉強して行きたいです。
id=Naganoの活動はそのへんを満たしてくれそうな興味深いものがあります。第一回目の勉強会は逃してしまいましたが、次回は是非参加できたらいいなと思っています。

─仕事に限らず、これからどんなことをしたいですか?

人を快適にさせたい。人を喜ばせたい。自分を支えてくれている家族や友人を大切にして行きたいですね。

─ありがとうございました。

ニシザワマユミ
IDLE DAYS POSTCARD Photogallery TORLU
ノーノ

Profile

ニシザワマユミ [ Mayumi Nishizawa ]
url :www.idledays.com

1971年長野県中野市生まれ。長野市在住。高校卒業後、学校事務職員として塩尻市の小学校に勤務。決まりきった仕事をこなしていく毎日に疑問を感じながら悶々と過ごした末、デザインという職業に辿り着く。その後グラフィックデザイナーを志し美術専門学校を経て、長野市のデザイン会社に就職。現在はフリーランスで、印刷物やWebサイトのディレクション、デザイン業務に従事する。必要に応じて写真撮影やイラスト的なビジュアルづくりも行う。他に、普段何気なく撮った写真をポストカードにして、細々と販売などもしている。

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