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Interview

定期的に更新するインタビューのページです。Webクリエイターだけでなく、
さまざまなジャンルの方々のインタビューを掲載していく予定です。


08 松本猛

2006.04.17 [ Director ]

松本猛

安曇野ちひろ美術館における美術館活動が認められ、長野県信濃美術館・東山魁夷館館長として抜擢を受けた松本猛氏。館長就任から4年、教育普及活動・既存の美術作品にとらわれないユニークな展覧会の開催など、美術館の在り方を見直し、積極的に改革を推し進める氏に、活動内容を通して魅力ある美術館活動とはなにか、また、信濃美術館のこれからの方向性について語っていただきました。

インタビュアー/坂田大輔 写真/ハラヒロシ 編集/志村純子

─2、3年前から、信濃美術館の活動はとても活発のように見受けられます。松本館長が就任されて、どのくらいですか?

もうすぐ4年です。就任した年は、1年分の企画がほんとんど決まっていたので、新しいことがなかなかできなかった。その中でも、例えば「アート&グルメ」というような、新しい企画を立てました。美術館とレストランやケーキ屋さんがタイアップして、この絵をテーマにこんな食事やケーキをつくりましたという企画で、美術館の敷居を低くしようと思ったんです。食べ物をつくるというのは創造的な仕事で視覚の要素も大切だから、料理人にはとてもいい感覚を持っている人がたくさんいる。こういう人たちはやはり美術品を豊かな感性で受けとめてくれるはずだと考えました。
この企画は、様々なマスコミが取り上げてくれたし、テレビの取材も入るし、「手応えありだな」と思ったんですが、実際には、入館者はそんなに増えませんでした。僕は東京にずっといたものですから、東京だとマスコミが取り上げると、翌日からぱっと人が増える。ところが長野は、そういう現象が起こらなかった。やっていることはみんな知っているんですよ。でも来てくれない。なぜなんだといろいろ考えていくと、基本的に長野市周辺の人たちは、美術館に行くという習慣を持っていない。もちろん、コアなファンはいるのですが、テレビで見たから美術館に行ってみようという動きを持つ人が少ない。なぜかというと、例えば、子供時代に図書館で本を借りたことがない人は、なんとなくこわいから借りないんです。それと同じことが起こっているんじゃないかと考えました。かなり深いところから思い切った立て直しをしないといけないだろうと。子どもたちを対象に、10?20ヵ年計画くらいの計画を立てて、この美術館を建て直していかなくてはいけないかなと思ったんです。

昨年は子供たちを対象とした教育普及活動をメインに考えた展覧会が多くあったという気がしますが、その"立て直し"によるものですか?

長期にわたる立て直し計画だから、教育普及を重視するという判断をしました。できる限り、今の子供たちがこの美術館に足を運びやすくするようなシステムをつくろうと思ったんです。
そのためにも、美術館と学校の連携を強めるために、先生たちとよく話をするようにしています。また、保育園や幼稚園の園児を連れてきて遊べるような展示を、美術館で積極的に企画していこうと思っています。楽しい企画があれば、美術館に行ってみようという気持ちになると考えるからです。
例えば、去年の『本田宗一郎と井深大 -夢と創造-』というSONYとHONDAの展覧会に対しては、「なぜ美術館であんなことやるの?」という意見もありました。しかし、F1の車はデザインの面から見ても美しい。機能美の追求と同時に、その形の美しさもある。インダストリアルデザインというのは、美しいものがいっぱいあるんです。だからこれはやってもいいだろうと思いました。そして、この展示によって、今まで美術館に来たことのない人が美術館に訪れました。1回でも美術館に来るチャンスがあると、「美術館は恐いところではないぞ」という風に思ってくれるでしょう。今の信濃美術館の基本的な方向はそこにあります。
『森のくにの物語』という企画展では、鉋屑のお風呂や木のボールのプールを置きました。そこで子供たちがきゃーきゃー騒いだんですが、あの子たちの心の中に、「信濃美術館に行っておもしろかった」という記憶が刷り込まれることが大事だと思います。それが何回かあれば、「あの美術館に行けば、なんかおもしろいことがありそうだ」と思うようになる。そういう人たちが東山魁夷の絵を見たときに、「あ、きれいだ」と思うかもしれない。SMAPの音楽を大好きな人たちが、ある時ふっとクラシックが素敵だって思うときだってある。音楽を聴く習慣があれば、そんなにハードルは高くないんです。それと同じですね。
10カ年計画でこの美術館を立て直したいと思っているんですが、でも予算はつかない(笑)。指定管理者制度などが導入されて、非常に苦しい運営状況にはなっています。だけど、その中でもやれることはやっていこうじゃないかと考えてるんです。

─教育普及活動の結果はどうですか?

今まで来なかった子供たちが来る。これは嬉しいことです。恐くないんだなと思ってくれた結果ですね。
もうひとつは、美術教育自体の問題に関して、僕はやや疑問を投げかけているんですが、多くの場合、美術の先生は実技の出身の方が多いんです。そうすると、絵を描くことの楽しさを教えようという人が多い。あるいは、上手に絵を描けた人の評価を高くしてしまう傾向があるんです。だけど、絵が上手い人なんて限られてる。ほとんどの人は、そんな上手に描けないですよね。でも、その人たちが美術が嫌いかというと、それはわからない。絵を見るのは好きかも知れないのに、絵を描いて点数が低かったら美術が嫌いになってしまう。そうではなく、"絵を見ることの楽しさを伝える授業をしましょう"ということを今投げかけています。点数をつける場合でも、僕は1枚の絵から想像することを文章に書いてもらってもいいと思っているんです。想像力が豊かな子を高く評価するということになれば、美術の授業自体が変化していくだろうと思います。そういうことも含め、美術館というのはただ単にきれいな良い作品を展示するというだけでなく、社会とのつながりをどのようにつくっていくのかも、課題だと思っています。

─近・現代作家を取り上げた展覧会なども多くなったように感じますが?

現代美術の作家というのは、簡単にいってしまうと、見せ方が難しいです。哲学的で概念的な作家が多いんです。以前の美術は、スキル・技術が重要でした。風景や人物が克明に描いてあったり、よく知っているテーマだったり、比較的わかりやすく、伝わりやすい。
現代美術の場合は、見る側が、「この作品はいったいどんなことをいいたいのか」と、入口を探し出さなくてはいけない。鍵を上手く開けることができた人は、中の世界に入ることができておもしろいけれど、ルール・道筋がわからない人にとってみれば、ぱっと見ただけではおもしろくないものが圧倒的に多いんです。そういう中で、作家を選ぶことは大切ですね。
もうひとつ大切なのは、見せ方です。戸谷成雄(とやしげお)さんという彫刻家の、森をテーマにした企画展『もうひとつの森へ』があったのですが、ただそれだけ見せたら難しかっただろうと思います。今でもあれは難しい展示だったと思うのですが、森のテーマと対比するような形でやったので、「不思議な世界があるんだな」ということを何となく感じてもらったと思います。やっぱり、あそこでは解説が必要だったと思っています。ぽーんと放り投げて、そこで「よかったですよ」という人もいますが、多くの場合は難しいです。
戸谷さんは人間の生活というものがいったい何なんだろうか、地球の生命というのはいったい何なんだろうかというものも含めて考えている人で、しかも造形的にもインパクトが非常に強いものをつくりますから、なんとかして展示したいという気持ちがありました。美術館というのは、世の中にうけるものだけを展示するのではなく、人がたくさん来てくれるときに、こういうものもあるんだといって潜ませて、新しい人をサポートしていく役割もあると思っています。
もう一つの例としては、岡正子さんというファッションデザイナーの企画展をやりました。「なぜ美術館でファッション展をやるの?タダでブティックやデパートに行って見た方がいい」という意見もあります。でも実は、ファッションというもの自体に、美術との関わりがある。岡さんの展覧会だけではなく、文化学園のファッションの歴史の展覧会もやりましたが、そういうものを見ると、時代の中の文化状況・美術状況、一人のファッションデザイナーがどんな風に美術と関わるのか、そういうものが見えます。戸谷成雄さんの場合は深い美術の世界を見せようと思いましたが、もう一方で、美術はここまで幅広いということを見せることが、ファッションの展覧会だった。そういうバランスみたいなものは考えています。
元永定正さんは日本のコンテンポラリーアート(現代美術)のパイオニアで、ニューヨークの近代美術館に作品が収蔵されていたり、美術界の先端で高い評価を受けていますが、同様に彼は絵本もつくっているんです。「現代美術の世界というのはある部分で難しいと思われているけれど、実はすごくわかりやすい世界だよ」ということを、元永さんの展示を通してうまいこと提示できないかという風に思いました。そして、建物全体を1つの作品にするようなコンセプトでやってみよう、それなら楽しめるんじゃないかとか考えたんです。どうやったらこの信濃美術館という入れ物の中で、人々が楽しむ要素を加えて、美術との接点・距離を近くできるだろうか。やる上では、それがおもしろさでもあり、難しさでもある。学芸のスタッフたちが、いろいろな経験をしながらおもしろさをつくりだしてくれたんじゃないかと思っています。
4月からは、中野市出身の菊池契月という、京都画壇の日本画家の展示をします。これはうっかりするとオーソドックスな昔風の展覧会になりそうなんです。それをどうやったらもっと身近なものにできるか、と考え、今回ポスターにした少女像を入口にしようと考えました。あの少女はいったい何を考えているんだろうか。何を見ているんだろうか。あの線の美しさはいったい何なんだろうか。あの子の中に色気はあるのか、ないのか。1つの作品の中からふくらむものは、山ほどあります。最初の展示室で三人の少女だけをテーマにしようと思っているんです。女性の、大人になりかかるときの繊細な、ピンと張りつめている美しさのようなものを感じてもらう、それを先に提示して、そういうものを美しいと思った絵描きを探っていくと、どんな遍歴をしていたんだろうかというのが、次のルートになるんです。菊池契月という絵描きを知っている人はそれだけで行こうという気持ちになるけれど、菊池契月を知っているかと長野駅でインタビューしたら、おそらく100人のうちに1?2人というレベルじゃないかという話になりました。だとすれば、勝負は名前じゃない。京都画家の大家なんて書いたってしょうがない。1枚の絵の持っている強さで勝負をかける。ポスターは、あの繊細な美しさを表すようなものでなければならない、思わずポスターをはがして、盗んで家に持っていきたくなるような、そういうものにしなくちゃいけない。そんなことを考えて企画しています。
展覧会中は、ギャラリートークや線描きの体験コーナーをご用意していますので、ぜひ遊びにきてください。

─海外の美術館と比べると、日本の美術館は自由度が低いと思いませんか?見に来る人にとって、美術館がどんな存在であったらいいとお考えですか?

日本の美術館は、静かです。みんな、深くしみじみと感じているような顔をしています。もちろん、感じているのかもしれませんが、わからない人でもわかったような顔をして見てるのが日本のスタイル。なぜかというと、絵の前で話をするという感覚が日本の美術館にはないんです。子供の時から、美術館に連れて行かれると、先生が最初にいう言葉は「今日は静かにしなさい」、「絵に触っちゃダメよ」、「静かに歩くのよ」、「走っちゃだめ」。ここから始まるわけだから、子供たちにとって苦痛なんです。おもしろい解説があるわけじゃないし、美術館が楽しいという意識は、まずない。
欧米の美術館は、日本に比べるとややざわめきがあります。知り合いのドイツ人と話をしたことがあるんですが、ドイツの人は、「絵の前でおしゃべりをするのが楽しいんだ」という言い方をします。1つの作品について語り合うことは、相手が一番よくわかることだと。例えば、SMAPの××は踊りがうまいとか、○○の歌は下手だとか、そういう話がなぜ楽しいかというと、SMAPという素材を通してお互いのコミュニケーションが成り立つからです。ひとつのテーマに基づいて話をすれば、こいつはこういう感覚を持っていたんだとわかる。誰かと一緒に展覧会を見に行くということは、コミュニケーションを楽しみに行くということ。欧米の場合にはその感覚があります。
海外の美術館にはエデュケーターという、子供たちに美術を身近に感じてもらうための人たちがいます。日本も最近一生懸命それを学ぼうとしているところもありますが、「座らせておしゃべりをさせる」というのは、「静かにしなさい」というのと逆の発想です。「これは何に見える?」、「この奥には何があるかな?」と子供たちに話しかけることで、絵というのは、その1枚の向こう側にいろいろな要素があるんだとわかる。そういうことが美術館に対する敷居を低くしてくれるんです。
美術館によってはいろいろなタイプがあります。ポンピドゥーセンターの展示方法はよく考えてあって、観光客のためのショートカットルートと、深く楽しむ人のためのルートと、二通りあるんです。意外なところに意外なものがあったりして、けっこう嬉しかったりする。ちひろ美術館では、カフェの天井の近くに作品が置いてあったりします。それを発見した人だけの喜びを、ちょっと残しておきたい。展示室だけに作品がある必要はない。自分だけが見つけたって思うと嬉しいじゃないですか。そういう仕掛けが、本当は美術館の中に欲しいですね。いろいろなところに喜びをちりばめていきたいと思っています。

─長野県は東京都に続いて美術館の数が多いわけですが、県立の美術館として、何かお考えですか?

信濃美術館だけが魅力的になっても、それだけでは足りないと思っています。就任したときに提案したのは、県立美術館は県内美術館のセンター的な役割を果たす必要があるんじゃないかということです。もちろん、ひとつの役割は、この美術館を魅力的にすること。もうひとつの役割は、県内の美術館をどうやったら活性化できるかということ。
現在の県内美術館は、学芸員がたった1人というところも多い。少ない予算の中で年間計画を考えているので、勉強するチャンスもなければ、やれることにも限界がある。僕は最低でも今の学芸員を倍の人数にして、余力をつくるべきだと思っています。そして、優れた美術館活動をしているところに学芸員を派遣して、勉強して持ち帰り、知識、経験の蓄積をできるようにしたい。そしてその知識や経験を蓄えた学芸員たちが、県内各地の美術館と連携をもって、一緒に活動することで、いろいろなことができる可能性が出てくる。そういうことを検討できるセンターとしての役割というものが、本来ならば県立の美術館としてやるべきことだろうと思っているんです。しかし、行政には理解されない。しかたがないので、まずはここをまともな美術館にして、発言力を増すしかないだろうと思っています。ここをしっかりした美術館にするのも、簡単なことではないです。人数も足りなければ、予算も足りない。悲しいけど、しょうがない。ここから始めるしかないんだから。

─長野県唯一の県立美術館として、長野県で活動を行っている表現者のプラットホームとして何か考えられていることはありますか?

アイディアとしてはたくさんあります。例えば、県内の作家や県に関係する作家を、学芸員や評論家が推薦して、推薦と作品を比較しながら、入選した人たちの展覧会をやるという企画。賞金が多くなくても、ビッグネームの審査員の評価がつくというのは、新人にとってものすごいチャンスになります。若手の登竜門的なかたちの展覧会ができればいいなぁと思います。
しかし、これをやるためには組織や人手やお金が必要になります。アイディアとしてはあるけれど、すぐに実行に移すとなると相当大変。今の5人しかいない学芸員では無理です。1人ではとても動かせないレベルの仕事なんです。やりたいと思っても、そう簡単にはできない。水面下では動いているんですけどね。
学芸員は、いろいろ兼務している状態です。もっと研究する時間が欲しいと思いますが、今は仕方ない。館を良くするためには、どんなことでも率先してやるような人でないと、みんながついてきてくれない。心意気が大切です。環境が整ったとしても、受付に出てお客様の感覚を理解する、働く人たちの気持ちが理解できるってことは大切。そういう資質がない学芸員は、独りよがりの展示をするようになってしまったりするんですよ。

─プライベートはどのようにお過ごしですか?

基本的には、休日はあまりないです(笑)。
去年からずっと、もう1年半くらい、時間があると「安曇族」を調べています。安曇野の名のもとになっている、おそらく6世紀頃移り住んで8世紀くらいまで豊かな文化圏を築いた安曇族というのがいたんです。そのグループは、実は九州からきた。なぜ九州から長野にくる必要があったのかという痕跡を調べています。......とにかくおもしろい。時間があるときはほとんどそれの調査と執筆にあてています。
安曇族に関しては、文献としては残ってないので、状況証拠しかない。これをおもしろい読み物にするには小説しかないので、ラブロマンスをからめながら書いています。
他には......時間があるときはごはんもつくります、料理好きなので。

─では最後に、これからの信濃美術館の活動について教えてください。

若くて意欲的なスタッフが揃ってきました。条件の厳しさはたくさんありますが、今までのやり方に束縛されず、新しい美術館のスタイルを生み出す可能性がありますし、そうしたいと思います。
経験が少ない分、粗い仕事になることもあるかもしれませんが、ちょっと粗くても......デビュー当時のビートルズが荒っぽい歌だったけれど、どんどん良くなったように、やっていくうちに分かってくることがある。そういう可能性にちょっと賭けたいところがあります。美術館のスタッフたちがちゃんと良い仕事をするようになるまでは、もうちょっと時間が必要です。僕ももう少しがんばるつもりです。

─ありがとうございました。

信濃美術館
信濃美術館

Profile

松本猛 [ Takeshi Matsumoto ]
松本猛公式サイト

1951年東京に生まれ、1年ほど長野県北安曇郡松川村で過ごす。東京芸術大学美術学部芸術学科を卒業。現在、安曇野ちひろ美術館館長。長野県信濃美術館館長。エリック・カール絵本美術館(アメリカ)名誉理事。安曇野アートライン推進協議会副会長。1977年ちひろ美術館、1997 年安曇野ちひろ美術館を設立。BIB(ブラチスラバ世界絵本原画展)、カタロニア賞絵本原画展、アジア国際絵本展、絵本にっぽん賞、日本絵本賞の審査員を歴任。世界中の優れた子どもの本のイラストレータ?の作品収集に力を注ぐ。
著書『母ちひろのぬくもり』(講談社α文庫)、『ぼくが安曇野ちひろ美術館をつくったわけ』(講談社)、『ちひろ美術館の絵本画家たち』(新日本出版社)、『「戦火のなかの子どもたち」物語』(岩崎書店刊)、『ちひろのアトリエ』(新日本出版社刊)など。監修に『ノーマン・ロックウェル画集』(白泉社)、『ちひろと世界の絵本画家たち』(講談社)など。長野県在住。

Information

没後50年記念 菊池契月展
長野県下高井郡中野町(現中野市)に生まれ、京都画壇で活躍した日本画家・菊池契月の没後50年を記念した大回顧展を開催します。最初の師である南画家・児玉果亭との関わりから、京都での円山四条派の修得、大和絵やヨーロッパ美術の研究を経て、流麗な線描と気品漂う作風を確立した契月の画業を、初期から晩年まで約90点の作品で紹介します。

信濃美術館
「少女」 菊池契月 1932年 京都市美術館蔵

» 開催期間:平成18年4月22日(土)から平成18年5月28日(日)
» 休館日:毎週水曜日
» 観覧料:一般1,000(900)円、大学生500(400)円、高校生以下無料
※( )内は20名以上の団体割引料金