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Interview

定期的に更新するインタビューのページです。Webクリエイターだけでなく、
さまざまなジャンルの方々のインタビューを掲載していく予定です。


13 小林玲子

2006.10.13 [ 絵解き口演家 ]

小林玲子

郷土史研究において「長野に小林家あり!」といわれるほど著名な小林家・小林一郎氏(長野郷土史研究会会長)の妻で長野郷土史研究会幹事、歴史の町長野を紡ぐ会代表を務めながら、「絵解き口演家」としても活躍する小林玲子さんは、ご自身の毎日の活動を切り取ったブログ「小林玲子の善光寺表参道日記」を公開中。情報収集力・フットワークの軽い取材力・更新頻度の高さ・密度の濃い内容と、ブログのメリットを活かして日々情熱的に更新されています。日々の記事が「小さいけれども、歴史の1ページ」として刻まれていくことを実感しながら更新を続ける小林さんにお話を伺いました。

インタビュアー/坂田大輔 写真/ハラヒロシ 編集/志村純子

─これまでの経歴を教えてください

私の肩書きの「長野郷土史研究会」は夫の父・小林計一郎が昭和33年(1958)に立ち上げました。現在の主な活動は機関誌『長野』を隔月発行、講演会の開催、史跡めぐりなどです。今年度平成18年の総会で、父に代わって夫・小林一郎が会長になりました。現在全国に2000名ほどの会員がいます。私は結婚当初から会の事務や運営を手伝っていましたが、最近は本格的に運営に携わっています。息子竜太郎の力も借りて若い方にもアピールしたいと新スタートを切ったところです。
また「歴史の町長野を紡ぐ会」は平成14年(2002)に夫と立ち上げた史跡案内の会です。歩く人が減ってしまった善光寺表参道を、歴史や伝説でご案内しようという趣旨の会です。「善光寺表参道七福神めぐり」の他、「伝説でめぐる善光寺表参道」「善光寺門前七天神めぐり」「善光寺門前七稲荷めぐり」など、様々なコースを独自につくってご案内しています。歴史を身近に感じていただこうと、ご案内の途中の寺社で伝説の語りや紙芝居の上演も行っています。また、善光寺や界わいの伝統行事も大切に守っていきたいと考え、皆さんに参加を呼びかけています。もう一つの活動が「絵解き口演家」です。

─「絵解き口演家」とは何ですか?

現在の私の活動のひとつで、昨年あたりから自分でそう名乗っています。自分で考えた肩書きなんです。
「絵解き」とはお寺にある掛け軸になった御絵伝を、棒で指し示しながら語る(解説)ことです。お寺のいわれや仏教の教えなどを解説する絵解きは、江戸時代までは盛んに行われていました。 在家である私が関心を持ったのは、夫小林一郎が絵解きの研究・調査をしていたからなんですね。しだいに途絶えていく絵解きを、何とか後世に伝えたいと思ったのがきっかけです。始めたのは、今から14年ほど前のこと。最初に取り組んだのは、善光寺のいわれのお話「善光寺如来絵伝」です。その後、様々な絵解きを復興しました。
在家ですので、宗派に関わりなくできるのが私の強みだと思っています。絵解きをしたい御絵伝があると資料を集めて、まず台本作りから始めます。お経はとても難しくて私たちには分かりません。ですから私は、自分が分かる言葉でお話しようと心掛けています。昨年には絵解きのビデオ・DVDを方丈堂出版から出版しました。
この善光寺周辺には、かるかや山西光寺と往生寺という2つの寺で、常時絵解きをやっています。最近、全国の絵解きを調査していて分かったのですが、常時やる寺は全国でも10ヶ寺ほどです。私たちの住む長野は、とても貴重な地域です。その大切な文化を地元の皆さんに知っていただき継承していくのも私の役目だと思っています。

<参考> 絵解き(長野郷土史研究会)

─「小林玲子の善光寺表参道日記」をかくようになったきっかけは?また、ブログで伝えようとしているメッセージはどのようなことですか?

「長野郷土史研究会」では、機関誌『長野』200号発行記念として、平成10年(1998)にWebサイトを開設しました。素人の夫の制作ですが、『長野』の総目次を入れたり、研究の一端である全国の一茶の句碑なども掲載しました。これによって『長野』のバックナンバーが検索できるようになり、会員以外の全国の方から注文をいただいています。 またメールマガジン版『長野』を平成13年(2001)から月1回配信しています。これは息子が担当していて、本会の行事だけでなく県内の歴史関係の情報などもお伝えしています。私のブログ「小林玲子の善光寺表参道日記」は、これまでの私たちの活動である機関誌・Webサイト・メールマガジンの発行の延長線上にあったのかもしれません。
東京でシナリオライターをやっている息子、小林雄次は、以前からブログ「小林雄次の星座泥棒」で自分の活動を紹介していました。日記風でありながら、自分の活動を多くの方に知っていただけるブログは、とても魅力的でした。 私も自分の活動の舞台・善光寺表参道を紹介しよう、と思ったら自然に題名が決まりました。大げさに何かを伝えよう、と考えたらスタートできなかったかもしれません。気軽に普段活動している事、感じている事を書こうと思って始めました。

─ブログにアップするネタはどのように選択し、どのように取材していますか?

善光寺表参道を舞台にした私の活動を載せるのが原則です。その日その日に、自分の活動した事の中から書いています。歴史や史跡をお伝えしようと思って始めたブログです。でも町を紹介するには、多角度から捉えなければ全体の動きを伝えることはできません。これまであまり関心がなかった新聞の経済面も読むようになりました。
長野市の中心市街地活性化を担ってオープンしたばかりの「トイーゴ」ですが、出店店舗がなかなかWebサイトや新聞に発表されませんでした。でも求人広告を見たら出店する店舗が出ていました。そこで、ブログに掲載したら多くの方が訪問してくださいました。「長野グランドシネマズ」がオープンした時も、権堂パーキングを検索した方がたくさんいました。歴史とは違う方面から訪れた方が、歴史や史跡に関心を持ってくださったら嬉しいです。
ブログを始めてから、自分でも「取材」という言葉をしょっちゅう使うようになりました。私一人の力は微力ですが、マスコミにはできないこともできるのではないか、と最近は思っています。今、表参道は1000年以上もの歴史の中で、最も大きく変化している時期です。過去の歴史だけでなく、私たちが生活している現在も歴史の一部です。ブログで取り上げた事が、将来役に立つ時が来るかもしれません。
写真も歴史を伝える手段の一つです。日頃から表参道を歩く時に、ネタになりそうなことを写真に収めています。ただ時間が経ってしまうと、その写真を探すのが大変です。やはりその時々に、取材とともに写真も撮るというのが一番です。
最近は載せたい題材が多すぎて困っています(笑)。アンテナを張っていると、ネタはいくらでもありますね。

─ブログスタート時は毎日更新ではなかったようですが、毎日更新するようになったきっかけは?

始めたのは昨年の12月ですから、まだ1年経っていません。実は書き始めた頃は毎日書こうなんて思っていませんでした。でも年が改まって、いろいろな行事があったり、町の大きな動きなどが始まって、「生きている町」を感じました。こんな大きな変化はこれまでの長い歴史の中でもなかったことです。これは書く事によって記録に残せるかな、と考えて、とにかく1年間は続けてみようと思いました。

─毎日書き続けることにより、ご自身の変化、または周りの反応などはいかがですか?

実はこれまで普通の日記でも、こんなに長く書き続けたことはありません。毎日書き続けてもネタが尽きない善光寺表参道は、魅力がいっぱいなのだと改めて感じています。 また続けてこられたのは、常に読んでくださる方がいる、と感じられるからですね。書き始めた頃は、家族は「なにも毎日続けなくても」という反応でした。でも、今では離れている家族も、周りにいる家族も、応援してくれています。

─ブログをうまく書くコツはありますか?

全くの素人が気軽に始めたブログでした。今書き始めた頃のを読み返してみると、手探りで書いていたなと思います。固有名詞を出していいものか、内容をどの辺まで書いていいものかと、こわごわ書いていたような気がします。家族に「こんなこと、書いていい?」と、聞きながら書いていました。
でも少し経つと、調べた事は何でもかんでも書かなければと、意気込みました。読んでくださる方のことは気にせずに、とにかく自分の記録ノートのようでした。今読んでみると、ずいぶん読みにくいですね(苦笑)。
でも読んだ方から「調べる時に役に立った」と言われて嬉しかったです。ブログに書く事はきちんと調べて書いています。また、夫に必ず最初に読んでもらっています。歴史的なこと、年代のことなど、間違っているとすぐ指摘してくれます。これは私のブログの一番の強みだと思っています。
最近は、大勢の方にご覧いただいていますので、読みやすさにも気を配っているつもりです。

─ブログの魅力とはなんですか?

私のこれまでの情報発信手段は、本や機関誌、新聞の連載、ラジオやテレビなどでした。どれも準備したり、発信するまでに大変時間がかかります。また他の方の手を借りなければ発信することは困難でした。でもブログはとても手軽に、しかも迅速に一人で情報発信できる手段です。また不特定多数の方にご覧いただくことができます。手軽に、敏速に多くの方に発信できるのがブログの魅力だと思います。

─巡回ブログがあったら教えてください

他の方のブログはほとんど見ていません。時々息子、雄次のブログを見て、そう言えば最近電話がないけれど、仕事は順調だなと、安心したりしています。

─書きつづけるコツがあれば教えて下さい

見ていてくださる方がいる、というのが一番の励みになっています。また最近では、家族もブログに載せる情報を提供してくれます。息子、竜太郎も、長野郷土史研究会や歴史の町長野を紡ぐ会に携わっていますので、写真を提供してもらっています。

─善光寺や長野に魅了されたきっかけは?そして今後、どんな活動をしていきたいですか?

この秋、結婚して30年を迎えましたが、その半分の年月は、存分に子育てに費やしました。絵解きをはじめたのが14年程前です。一番下の子の小学校入学が契機でした。その頃から地元の歴史や史跡にも関心を持つようになりました。
長野は善光寺の門前町として栄えてきました。その善光寺は、地元の人々だけではなく、全国からの参詣者を迎えてきました。長い年月の間に億万の人々を救ってくださったお寺です。そして1000年以上も前から、参詣者と地元の人々が生き生きと交流していた門前町長野。学べば学ぶ程、知れば知る程、奥の深さを感じています。国語辞典で「門前町」と引くと、「善光寺における長野のような町」と書いてあります。「長野は門前町の代名詞」と言っても過言ではありません。
長野には長い歴史があり、また人々の交流がありました。善光寺・長野の良さは、伝統を大切にしながらも、他の地域の人々やその文化を受け入れてきたという懐の深さではないでしょうか。今後も閉鎖的ではない自由な土壌で、新しい歴史や文化を造り出していける可能性を秘めていると思います。 今、長い歴史の中で長野は大きな転機を迎えています。とかく人々は目先の変化やおもしろさに流されがちです。でもこれまでの歴史を知れば、100年後、200年後の長野の姿を思い描く事ができるはずです。小さな力ですが、そんな活動をしていきたいと思っています。

─今後、どのようにWebを利用していきたいと思いますか?

私がご一緒に活動している皆さんは、私より上の年齢の方が多いです。 Webの世界をご存知ない方がほとんどですね。知らない方に説明しようと思っても、異次元の世界の話を聞いているようなお顔をなさいます。
実は平成13年に長野郷土史研究会の講習会で「インターネットで学ぶ長野県の歴史・文化財」を2回開催しました。パソコンの講習会ではなくて、こんな世界があるのですよ、ということを知っていただこうと考えたんです。でも関心を持った方はごくわずかで、とても残念な思いをしました。Webは人から与えられるものではなく、自分から積極的に関わっていかなければ何も始まらないと痛感しました。
実は歴史を調べるのに、こんなすごい手段はないんです。最近、夫と全国に伝わっている善光寺の伝説を調査しました。これまでは本が中心でしたが、時間と手間がかかりますし限度がありました。でもWebの力は無限です。
一方検索しても、なかなか載っていないのが地域の小さな歴史です。私のブログがそうですが「こんな行事がありました」「お店が開店しました」「閉店しました」という小さな記事が、今後歴史を調べる時に、多いに役に立つはずです。たとえば機関誌『長野』に掲載するために調査した時、かつてセントラルスクエアにあったスーパー「ヴィナス」の閉店や映画館の閉館などは、調べてもなかなか分かりませんでした。新聞には開店は載っていても、閉店は載っていないのです。かつてあった道路が拡幅されたり、建物が取り壊されてしまうと、それは人々の記憶の片隅に残るだけで、その記録は残りません。でも、小さな出来事一つひとつが歴史なのです。大変おこがましいかもしれませんが、今後私のブログだって、日本や世界のどこかで誰かに利用していただけるかもしれません。立派な研究だけではなく一般の人が書いた記録でも、利用してもらえるのがWebだと思います。他の町のそんなブログがあったら、是非読んでみたいです。
でもその一方で、一人の方が間違えた情報を提供すると、それがどんどん広がってしまうというのもWebのこわさです。そう考えると、Webは気軽に書けますが、内容は正確さが大切です。
とにかく私が利用している世界は、まだまだほんの一部です。でもブログを始めたことによってWebの世界が大きく広がりました。無限の可能性を持っているWebの世界。今後も受け身ではなく自分の方から、もっと知りたい、利用したいという意欲を持ってお付き合いしていきたいです。

─ありがとうございました。

小林玲子

Profile

小林玲子 [Reiko Kobayashi]
絵解き口演家
url :小林玲子の善光寺表参道日記

1952年  長野市生まれ
1993年〜 「善光寺如来絵伝」絵解きを開始
1997年〜 長野郷土史研究会幹事
2002年  歴史の町長野を紡ぐ会設立
2005年〜 歴史の町長野を紡ぐ会代表

絵解き口演演目
「善光寺如来絵伝」「釈迦涅槃図」「当麻曼陀羅」「道元禅師御絵伝」「紅葉狩り」「熊野観心十界曼荼羅」「牛伏寺縁起」など。2005年夏、「小林玲子の絵解き 釈迦涅槃図」「小林玲子の絵解き 道元禅師御絵伝」のDVD、ビデオを出版。
長野郷土史研究会機関誌『長野』に1997年から4年間に渡って、夫小林一郎とともに松代真田宝物館蔵の30巻本の『平家物語』の挿絵253枚に説明文を付けて連載。その挿絵をスクリーンに映して「絵語り平家物語」として発表している。
また長野市民新聞に2006年2月から、夫小林一郎と交替で歴史読み物「長野をめざした旅人たち」を連載。
歴史の町長野を紡ぐ会では、「善光寺昔語り」「善光寺の伝説の紙芝居」「門前町の伝説の紙芝居」の台本制作や指導を行っている。

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