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Interview

定期的に更新するインタビューのページです。Webクリエイターだけでなく、
さまざまなジャンルの方々のインタビューを掲載していく予定です。


24 楯まさみ

2010.03.04 [ Designer ]

楯まさみ

松本市で育ち、現在東京でグラフィック・Web・エディトリアル・写真・イラストなど幅広い才能を生かして活躍する楯まさみさん。東京を軸にしながらも、NaO(まちなみカントリープレス)の復活版の表紙を手がけるなど、長野や地方についても思いを馳せる。デザイナーとしてのキャリア、仕事との向き合い方、そして東京と長野。いろいろなお話を伺いました。

インタビュアー/坂田大輔 写真/ハラヒロシ 編集/志村純子
協力/『D&DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO』

─NaO(まちなみカントリープレス)の表紙デザインされたんですね。びっくりしましたよ。

2009年夏ごろ、私生活と仕事の両方がどん底で(笑)、だけど熱だけはあって。そんなとき、いろいろな偶然が重なって「地元の仕事したい」と思い立ったのがきっかけです。ウェブサイトでメールアドレスを調べて、募集もしていないのに、いきなり連絡しました。お返事が来たので、後日伺って自分の仕事を見ていただきました。社長さんとADさんとお話したのですが、長野県に対する思いや出版業界のことを話しているうちに意気投合して「ぜひ!」ということに。それからしばらくして「NaOが復活するから表紙やってくれませんか?」とお話をいただきました。

─そのとき、なぜ地元の仕事がしたいと思ったのですか?

"地方"というのは以前からありました。地方にいることでの閉塞感はわかるし、そういう意味では東京は風通しがいいのですが、もういっぱいいっぱい...なんだろうな...ゴムが伸びきっていて、もう伸びしろが無いような気がして。その点、地方にはまだまだ"余地"があるように思えました。
どん底で落ち込んでいたときに、地元の友人から突然「松本ぼんぼんに出るから、一緒に踊らない?」という連絡があって(笑)。十数年ぶりに松本の街で踊って、住んでる人たちと触れ合って、自分が持ってる郷土愛みたいなものを再確認したことも大きかったです。
それと同じころ、不思議と地方にいる同世代の知り合いが次々とできたんです。みんなと話をしているうちに「やっぱり地方だな」と思うようになりました。地方だなと考えると、やっぱり自分の地元かなと。以前から地元の仕事はしたいと思っていたのですが、このときに改めて気づいたという感じです。

─東京に行ったきっかけは何だったんですか?

デザインの専門学校ですね。叔父が東京でカメラマンをしていて、祖母の家もあって。もともと東京生まれなので、あまり抵抗はありませんでした。あのころは若かったのもあって...今よりもっとミーハーだったし、ふわふわしてましたね。地に足がついていなくて。

─デザインに興味を持ったのはいつですか?

中学生のころからイラストレーターかデザイナーになろうと思っていました。絵は描けば必ず誰かにほめられたので「私は絵がうまいらしい」と思い込んでいて。これは小さい頃からずっとそうで...完全に、親のせいですね(笑)。
それで、そのままデザイナーになって、同時にイラストも描いていました。でもあるとき気づくんですよ「私は絵を描くことがそんなに好きじゃない」って。絵を描くことがもっと上手で、もっと好きな人がいる。それなら任せればいいと思うようになりました。それからは、仕事で頼まれない限りは描かなくなりました。

─卒業から現在までは、どのような仕事を?

卒業してデザイン会社に入社しましたが、忙しくて身体を壊してしまって。その後、別の会社に入ったりもしたのですが、知人から「個人で受けてみない?」という仕事をいただいて、それをきっかけに暫くはフリーランスでした。貧乏なりにそこそこ食べることはできていたのですが、1~2年経ったころに「今の私は、上で指導してくれる人がいないとスキルが伸びない」と気づいて、デザイナーとして出版社に入り、6年勤めました。そこではずっと雑誌や書籍のデザインをしていました。
2年ほど前、担当していた雑誌が休刊になって、それをキッカケに同じ部署にいたデザイナー3人で事務所を立ち上げましたが、今年(2010年)独立しました。

─以前フリーを経験して、向いていないと思ったということですが、今は違いますか?

違う! まず、スキル以前に感謝があります。仕事とか相手への感謝が、若いときはなかったです。フリーになったと知った友だちが、心配のメールをくれたり、場合によっては仕事をくれたりするわけですよ。そういうことのひとつひとつがとてもありがたいと思える。ちゃんと感謝ができると、多少キツい仕事でもできちゃうんですよね。
今は、上司と部下という人間関係以外からでも、例えば本を読んだり、人と話したり、旅行に行ったり...ということから吸収して学ぶ力がついたと思います。

─今はどんな仕事をしていますか?

エディトリアルデザインの他にも、iPhoneのアプリケーションのデザインとか、写真とか、テクニカル系の本の挿絵とか...なんかめちゃめちゃですよ。今年の抱負は"何でもやる"ですから。

─デザインの仕事としてはもう10年以上の経験があるんですね。

そうですね。恐ろしい(笑)。

─仕事の取り組み方はどんな感じですか? 夜起きてる感じですが。

ちゃんと寝てますよ(笑)? ただ、事務所にいると「終電までには帰ろう」と考えますが、今は家で仕事しているのでよくわからなくなるんですよ。「ちゃんとしなきゃ!」と思ってはいるのですが...。
デザインの仕事の取り組み方としては...デザインって、表面を飾り立てることではないと思っています。発注のされ方もまちまちで、キッチリとしたラフを用意されて「あとは飾り付けをしてください」というケースもありますが、土台がガタガタだと「とりあえずココにペンキを塗っとくか」程度のことしかできなかったりするんですよね。ちゃんと設計してあげることがデザインだと思っているので、本当はそこから一緒にできるといいものができるんだろうなと。せっかくフリーになったので、そういう仕事を増やしていけたらと思っています。

─その方が、手間がかかりますよね?

手間もかかるし、最近は全体的にギャラも下がっていますけどね(苦笑)。だけど、私はこの方があっていますね。企画の組み立ての段階から話を聞いて一緒に作り上げていく方がいいと思います。もといた出版社の編集部では、編集者と一緒にラフから作っていく方法だったので、慣れているというのもあります。

─そういう意味ではウェブ向きのデザイナーですよね。

本当ですか? ウェブはまだ大きいものはやっていないので詳しくないんです。

─でも、だいぶ前から個人サイトやってたんですよね?

あのころは小細工ができれば、知識は少しでもサイトを作ることができました。特殊な技能がいらなかった。「テーブルでどう見せるか」という時代でしたよね。今見ると「キチガイか!」ってほど緻密に作ってあります(笑)。あれはあれで楽しかったですね。

─仕事をしているときのテンションはどんな感じですか?

横で呼ばれても気づかないです。だいたい入っちゃいますね。

─仕事がのらないときはどうしますか?

場合にもよりますね。Twitterやったりとか。30分我慢するとアドレナリンが出てくると聞いたので、我慢することもあります。でも「間に合わせなきゃ」という時間から動きだしちゃったりもするので(笑)。あとは、映画館とか、美術館とか、本屋とか...外に出かけることも多いです。

─仕事の仕方や考え方って、変わるものですか?

変わりましたね。出版社にいたころは次号のことだけ考えていればよかったので、世の中のことをあまり深く考えていませんでした。そこから出て、いろいろな仕事をするようになると、世の中との関わりの接点も増えてきて、自然と考えることも多くなりました。
自発的に気づいて変わるというよりは、人と話しているときに気づかされることが多いです。人との出会いを大切にするようになって。そうすると変わるサイクルも次第に速くなって、気づいたらガラっと変わっていたという感じです。
みんな一生懸命生きてるんですよね、適当に生きている人はいない。地方の人も東京の人も、不思議と同じようなことを考えているんです。世の中変わるんじゃないかなって気がするんですけどね(笑)。

─偉い人に影響を受けたわけではないんですね?

もちろん、大好きな偉いデザイナーさんとかもいますが、それよりも、こうやって話していることだったりしますね。

─例えばどんな方がいましたか?

去年、バイクにテントを積んで、ひとりで北海道までツーリングに行きました。洞爺湖のほとりにおいしいパン屋さんがあると知って訪ねたら、私と同い年の夫婦が営んでいるパン屋さんでした。少し話しているうちに意気投合して「泊まっていきなよ」という話になって。「洞爺湖はこんなに素晴らしくて、恩返しするためにここでパンを焼いているんだ」とかそんなお話を聞いて、刺激を受けましたね。
新潟の友人が、お寺で映画の上映会をするっていう企画をして、そこへ遊びに行ったのですが、やっぱり新潟でも同世代の人たちがそれぞれ面白い活動をしていて。更に上映された映画も素晴らしくて、その映画の監督さんと仲良くなって、監督さんは京都で映画を作っているので、今度は京都の方々と知り合って...と、繋がっていくんですよね。例えば、こんな感じです。

─短時間でそこまでのお付き合いができるってすごいですよね。

なんか眉間がムズムズするなって感じる時期もあって、不思議でしたね。"開いている感じ"があるっていうか...。例えば、沖縄の離島へ旅行に行って、すごく開放的になって、現地の人と気軽に話す自分がいるのに、羽田に戻ってきたとたん人が多くて、隣の人と目も合わせない...「ああ、閉じる」という感じ。わかります? それの開け閉めだと思うのですが...。

─では、出会うのは"開いている"東京以外の場所?

最初はそうでしたが、東京にも面白い人はいっぱいいるんですよね。今までは、それに気づかなかっただけだと思います。

─たくさんのカメラをお持ちだとお聞きしましたが?

痛い話ですが、20個くらい持っています。写真はコンパクトデジカメから入りました。当時、私のまわりでfotologというウェブサービスが流行っていて、それが面白くて。コンデジ、ロシアンカメラ、トイカメラ、クラシックカメラ、一眼...と、最初はカメラに興味がありました。その後、興味が写真そのものへと移って、今に至ります。

─写真自体に興味が移ったきっかけは?

素敵なフォトグラファーさんと知り合って、写真の凄さを教えてもらいました。

─自分の思い描くイメージを撮れていますか?

「気になったらどんどん撮りなさい」と教えてもらったのでそうしています。"デザイナー脳"だから最初は構図を気にしながら頭を使って撮っていたのですが、気になるものをただ衝動的に撮っていれば、"気になるもの"自体がその人の視点だから、それがいずれ個性になる...ということみたいです。未だによくわかりませんが...。撮った写真の中からどれをチョイスするかという、"選ぶ目"も大切ですよね。

─写真は楽しんでいるという感じですね。

逃げちゃってるんです。仕事で撮ってても「写真は趣味だし」って、あまり構えない。撮影内容によっては、前日から緊張でピリピリして、度を超えると吐きそうになることもあるんですけどね(笑)。

─写真のお仕事にはどんなものがありますか?

写真撮影とデザインの両方をしたり、インタビューと撮影をさせてもらったこともありますが、印象深いのは『美女暦』です。リニューアル前の『美女暦』のディレクターとは友だちで、私の写真を好きでいてくれて。時々依頼をいただいて、全部で20人以上の女性を撮影しました。こういうタイプの女の子にはこうやって声をかければいいんだとか、女の子の良さをどう引き出すかとか、より美しく見えるアングルを見つけ出してあげたりとか。毎回勉強になりました。女の子を撮るときに大切なのは"愛"です(笑)。イラストを描くときは産みの苦しみがありましたが、写真ではあまり感じないです。本当に趣味ですね。

─長野に戻ろうという気持ちはありますか?

故郷って難しいんですよね。中にいてわかることと、離れているからわかることがあって。都心から離れたいという気持ちはずっと持っているんですが、じゃぁ長野に帰るかというとちょっとわからないですね。別の場所に行くかもしれない。私が故郷を好きでいるためには少し離れている方がいいような気がするんです。中に入ることできっと不自由もあるとか、それを外から何とかできないものか...とか、思ったりしています。
例えば、長野と新潟はお隣なのに、新潟の情報は東京を経由しないと長野に伝わらないのはおかしいと思っているんです。地方と地方がもっと自由に繋がることができればいいのになあ、と。

─東京にいて感じる長野の良さって?

人が生きて暮らすことのリズムを思い出させてくれる場所です。東京はBPMが早いというか...慣れちゃえば疲れることもないけれど、これが当然って思っているとおかしくなっちゃう気がする。地元に戻ると、BPMがゆるやかに戻る感じがあります。
洗濯したり、歩いたり、手紙を書いたり、仕事したり...という日常のひとつひとつ、暮らしそのものがつまり"生きること"だと思うんです。
実家の近所の田舎道を散歩しているときに、ふと「あ、ここに全部ある!」と思う瞬間があって。豊かですよね。ただそれを、ここで毎日暮らしていて感じられるかどうか...難しいところです。私はそういうものに憧れ続けながら、せせこましい場所に住んでいるのがちょうどいいのかな? と思ったりして。

─でも地元のお仕事はするんですよね?

もちろん、これからもしたいです。長野の仕事は、全国誌を手掛けるよりも、なぜか親に自慢できるんです(笑)。単に"おカネを稼ぐ"ということだけじゃない何かができた気がして。少しはためになったかなって。単純に、嬉しいですよね。

─これから、どんなことをしたいですか?

同世代の面白いことを考えている人たちを集めて、混ぜて、こねて、のばして、こんがり美味しく焼きあげるようなことをしたいです(笑)。関わっている仕事とか環境は人それぞれですが、見ている方向が一緒なら、どうにかできそうな気がするんです。そういう漠然としたことを考えています。
あと、もっと自由に日本中を動き回りたい。放浪したいって気持ちがあります。放浪しながらデザインできないかなと思っていたこともありますよ。

─最後に...免許マニアなんですか?

ああ...その話ですね(笑)。心に傷を負うと免許を取りに行く癖がありまして。まず中型二輪、大型二輪...その後、普通自動車免許、ダイビングの免許...。心に傷を負ったときって、その次の土日をどうやって過ごしていいか、それすらわからない。そういうときに免許を取りに行くって、ものすごく前向きでしょ。でも、もう取りたい免許がないんです。だから心の傷、負えないんですよ(笑)。

─(笑)ありがとうございました。



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Profile

楯まさみ[Masami Tate]
Designer

東京生まれの長野育ち。幾つかのプロダクションや出版社を経て、2008年に仕事仲間と事務所(over-rev.)を設立。2010年に独立。デザイン全般のほか、イラストの制作や写真撮影も行う。趣味は迷子、特技は生還。旅と散歩とバイクと車と写真とダイビングと本屋と猫とコーヒーが好き。

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