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Interview

定期的に更新するインタビューのページです。Webクリエイターだけでなく、
さまざまなジャンルの方々のインタビューを掲載していく予定です。


29 渡辺美保

2012.10.30 [ Curator ]

渡辺美保

飯田市出身で、長野県信濃美術館にて学芸員をつとめる渡辺美保さん。その温和で、優しそうな雰囲気からは想像できないほどの情熱を学芸員という仕事に傾け、これまで多くの展覧会を担当してきた。自身5つ目の担当企画展となる「アートディレクター・太田英茂の仕事(会期:2012年9月22日(土)~ 2012年11月4日(日)」では、多くのクリエイターを育成し日本の近代デザインの発展に大きく貢献した太田英茂の全貌を明かすべく、緻密に調査・研究を重ねて展覧会開催を実現。多くの来館者を魅了した。そんな渡辺さんに、展覧会を企画することのやりがいやその難しさなど、学芸員の仕事についてお話を伺った。

インタビュアー・写真・編集/坂田大輔 小泉茉由

─まず渡辺さんが学芸員になったきっかけを教えてください。

初めて学芸員という仕事を知ったのは高校時代、進路を考えていたときです。職業紹介の本がきっかけでした。もともと絵を描くのが好きだったのですが、高校生くらいの年頃になると自分よりも上手な人が現れて、初めて挫折を味わいました(笑)。それでも絵は好きだから、描かなくても絵に関わっていける仕事はないかなぁと探していたときにその本を見つけて、そのときは、なんとなく学芸員を目指して進学していこうかなと思いました。
大学院を卒業後、1年間は水戸の私立の高校で情報処理を教えていましたが、2年目からずっと学芸員をしています。長野に戻ってくるつもりはなかったのですが、全国の美術館の試験を色々受けて、たまたま受かったのが地元長野の信濃美術館でした。もう11年になりますね。

─学芸員さんってどんなお仕事をされているのですか?

ひとつは展覧会の企画と運営です。どういうテーマをやるのか、そのテーマにあわせどんな作品を揃えどういった文脈で展示するのかなどを決めて展示をします。そういったなかで、作品の貸し出しのお願いや予算の管理、業者さんへの発注などを行います。
もうひとつは所蔵作品の保存です。所蔵されている作品をできるだけ長く維持していくために、適切な保存を行います。また、教育普及も大切な仕事の一つです。

─専門分野は?好きな美術分野ってありますか?

大学のころからずっと菱田春草の絵を見てきたということもあり、日本画が好きです。ほかには中野市出身の菊池契月が好きですね。どういったところに惹かれるかというと...技術がすごいんです。たとえば線を引くにもしても、すごく細い線をブレもなく真っすぐ引きます。その"技"と、"表現"が、パチッとあったときにぞくっとしますね。技術がちゃんとしているからこそ魅せられる。説得力があります。職人的なところに惹かれますね。

─展覧会「アートディレクター・太田英茂の仕事」を開催することになったきっかけは何ですか?

県立美術館なので地域にゆかりのある人の展覧会を開こうと思っているなかで、自分が知らない人もたくさんいるんだろうなぁと思って本で色々調べていました。
美術出版社から出ている『日本デザイン史』という本があります。そのなかで「日本の近代デザインをつくった108人」という記事を見つけて、そこに長野県出身のアートディレクター・太田英茂氏が載っていました。「アートディレクターの草わけ」といったようなことなどが書かれていて、全体像はあまり見えなかったのですが、なんだか面白そうな人だな、どんな人なのだろう?と思ったんです。
色々調べていたら、多川精一さんというエディトリアルデザイナーが書いた太田さんの伝記を見つけまして、読み進めていくと「亀倉雄策」とか「原弘」といった名だたるデザイナーがこの太田さんに関わっているということを知り、ますます興味を覚えました。
本人はアートディレクターなので、物は作っていませんが、ディレクションした作品や周りのクリエイター達が作った広告を集めれば、太田さん自身が浮かび上がってくるのではないだろうかなと思い、企画がスタートしました。

─あまり認知されていない「太田英茂氏」を深堀りするのはなかなか大変だったのではないでしょうか?

多川さんによる伝記があったのはすごく大きかったです。例えば戦前花王のデザインに関わったという一文があったので、実際に花王に問い合わせをして資料をお借りしました。
ご遺族のご連絡先に関してはなかなか分かりませんでした。その本に、息子さんの名前が「チサト」さんで、今は東京に住んでいらっしゃるということが書いてあったので、東京都の電話帳をひとつひとつ調べました。何冊もあるなかで最後の2冊目くらいでやっと見つかりました。太田チサトさんは、珍しい名前なので、この人だ!と見つかった瞬間、すぐに電話をかけましたね。

─どんなお話が聞けましたか?

「直接資料を探させてください。」とお願いして了承をいただき、梓川にある蔵まで資料を探しにいきました。太田さんが晩年暮らしていた母屋は他の方に貸しているのですが、蔵はご遺族の方々が手をつけずにそのまま残してあったのです。
蔵から資料を引っ張りだしていくなかで、今回の展覧会でどれが大切かをひとつひとつ仕分けていきました。なかにはお手紙もたくさんありました。資料を見ていくうちに太田さんのことがだんだんと分かってきて、戦前のデザインのことを調べながら企画を進めていきました。

─太田さんはどんな方でしたか?

もともとは「人間とは?」「社会はどう成り立つか?」などの社会科学に興味を持っていたみたいです。花王宣伝部での広告主としての仕事、それ以降のアートディレクターとしての仕事から見えてくるのは、広告のあり方を単に表現形式ではなく、社会における商品・サービスの必要性と、それを誠実に生み出し販売することで世の中の役にたとうとする、企業の想いが重要だと感じていたようです。
そして、その企業の想いを引き出しカタチにするために、クリエイターがクライアントの想いを読み込んで自然な形で表現ができ、そこに個性もにじみ出るような状況を作り出さないといけない。それを実践するのがアートディレクターとしての、自分の役割だと太田さんは思っていたようです。

─そういった、思想が強い太田さんにクリエイターたちが引きつけられたってことですよね。人間的な魅力があったんですね。

そうだと思います。でも、パネルディスカッションのトーク中、みなさん(太田さんと一緒にお仕事をされたことがある仲條正義さんや広橋桂子さんら)、怖かったって言っていましたね(笑)。口も悪かったみたいですし。こんなこと言われたら落ち込んじゃうよっていうことも言われていたみたいです。でも、口が悪くても面倒見がよく、クリエイターの良いところも悪いところもちゃんと見ていてくれる存在だったようです。
「作らないけどデザインが分かる人」と周りの人たちから言われていたようです。

─渡辺さん自身、今回の展覧会は楽しめましたか?

楽しかったですね。
多川さんによる伝記はかなり詳しかったので、なぞっていけばよい部分もありましたが、自分で太田さんの資料を探しているなかで、「これはひょっとして取り上げられていなかったけど、もしかしたら重要かもしれない」というものを見つけて調べて出したものもあるので、そういう意味では、知らないことが分かっていくという楽しさがありました。

─展示のリズム感がすごく良かったですね。1階では花王時代のお仕事などが展示されていて、2階では関わった人達の作品や、大きな壁一面の太田語録があったりして飽きませんでした。

太田語録に関しては、ちょっと悪ふざけみたいな感じです(笑)。
太田さんの日記を調べていて、太田さんの独り言とかすごく面白い言葉が載っていて「これはなんだ?」って思っていました。太田語録は、太田さんの人柄がすごくよく分かるんです。今回の展示では、仕事の部分だけじゃなくて人柄から分かってもらえることもたくさんあるので「じゃあ思い切って壁一面にやってみるか!」って感じでしたね。

─一般の方にも受け入れられるような文脈とか見せ方とかを色々研究されているのかと感じたのですが。

ありがとうございます。分かりやすさとか理解してもらいやすいような構成は、私自身、展覧会全体が見通せるようになってきたからかもしれません。少し余裕が出てきたのかもしれないですね(笑)。

─美術館の展示方法自体は最近、変わってきているんですか?

年代別に並べていくという形は変わってきていますね。例えば一人の作家の画業を見せる場合でも、見せ方を工夫しないといけないと思っています。
賛否両論はあります。あまり学芸員の意見や主張を入れすぎて、料理しすぎてしまうことで、偏ったものの見え方になってしまう危険性はあるのでうまくバランスをとって見極めることが大事ですね。そうはいってもただ並べるだけでは、慣れてない人はどうやって見ればいいか分からなくなってしまうので、見せ方の工夫は常に意識しています。

─今までで一番印象に残っている企画展はありますか?

2007年の「武者絵の世界」ですかね。
最初に企画段階ではNHKの大河ドラマと絡めてなにかできないかということでした。信州にゆかりのある武田信玄などは他の館が企画を行ってしまっていたので、揃えられる資料があまりありませんでした。
どうしようかと考え、「描かれた武士(ヒーロー)たち」という副題をつけて、武田信玄だけでなく、上杉謙信や木曾義仲、真田幸村などをピックアップして、それにまつわる浮世絵や近代の絵画、古いもの、現代のもの、ファインアート、サブカルチャー、浮世絵といった、いろいろなジャンルを新旧問わず全部集めた企画を立てました。
近代は私の専門分野なので、あの作家のこれがやりたいなってニヤニヤしながらラインナップして集めましたね(笑)。現代では、現代美術家の山口晃氏や天明屋尚氏などですね。天明屋さんは、反骨精神をむき出しにした武者や傾奇者をモチーフにして絵を描いている方です。山口さんもモチーフが武士だったので取り上げさせてもらいました。あとは少年倶楽部とか、昭和の終わりの武者絵なども取り上げました。
全部ごちゃ混ぜにして、日本の伝統的な武士(ヒーロー)というものが、時代によってどのように引き継がれていったのかをテーマにしてみました。

─美術館としてITの活用方法は、どんなことがありますか?

展覧会を開催するときに資料を集めますが、国立国会図書館のシステムがものすごく便利なんですよ。
サイトでのオンラインシステムが進化していまして、目次だけだったら会員登録さえしていれば、その場にいかなくてもある程度は閲覧することができるようになりました。
また、以前は国会図書館に行くと調べて、カードに欲しい本を書いて、用意してもらうまで何時間も待たないといけなかったのです。今は全部コンピューター化されていて、検索して申し込めばすぐに資料が出てくるようになりました。今回の展覧会でも、かなり助けられましたよ。

─長野県にもたくさん美術館がありますが、地方の美術館は今後どうなっていくと思いますか?

何を求められているのかというニーズを考えていく必要があると思います。地方は東京などの都心とは違って人口が少ないので、集客の面では、企画の見極めが難しいですね。もともと人口が違うので、単純に来場数だけを比較しても勝てないですよね。
それでも地方でやれることは何か、地方でしかやれないことは何かということを考えていく必要があります。興味がない人にも興味を持ってもらえるように工夫することも必要ですよね。

─ありがとうございました。




長野県信濃美術館 | 展覧会 | アートディレクター・太田英茂の仕事

Profile

渡辺美保[Miho Watanabe]
Curator

1976年長野県飯田市生まれ。茨城大学大学院教育学研究科修了。
中学生頃からぼんやりと学芸員を目指し、学生時代は飯田出身の日本画家・菱田春草の作品を研究する。大学院2年生の時、全国の美術館就職試験を受けるも合格せず、1年間講師として私立高校に勤務する(なぜか情報処理担当)。
その後長野県信濃美術館勤務。専門は菱田春草をはじめとする日本近代美術史(日本画)だが、デザインにも興味あり。
これまでに担当した主な展覧会に「没後50年 菊池契月展」(2006)、「武者絵の世界展」(2007)、「没後100年 荻原守衛展」(2011)、「没後100年 菱田春草展」(2011)がある。

Link

長野県信濃美術館 東山魁夷館