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    <title>id=Nagano「長野のWebを楽しく」 | インタビュー</title>
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    <updated>2010-03-04T07:57:49Z</updated>
    
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    <title>24 楯まさみ</title>
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    <published>2010-03-03T22:45:32Z</published>
    <updated>2010-03-04T07:57:49Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Designer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_24tatemasami1.jpg" class="interviewph" alt="楯まさみ" /></h5>
<div class="profile">
<p xml:lang="en" lang="en">松本市で育ち、現在東京でグラフィック・Web・エディトリアル・写真・イラストなど幅広い才能を生かして活躍する楯まさみさん。東京を軸にしながらも、NaO（まちなみカントリープレス）の復活版の表紙を手がけるなど、長野や地方についても思いを馳せる。デザイナーとしてのキャリア、仕事との向き合い方、そして東京と長野。いろいろなお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子<br />
<span  style="font-size:11px;">協力／<a href="http://www.d-department.com/" target="_blank"><font color="#333333">『D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO』</font></a></span></p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─NaO（まちなみカントリープレス）の表紙デザインされたんですね。びっくりしましたよ。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">2009年夏ごろ、私生活と仕事の両方がどん底で（笑）、だけど熱だけはあって。そんなとき、いろいろな偶然が重なって「地元の仕事したい」と思い立ったのがきっかけです。ウェブサイトでメールアドレスを調べて、募集もしていないのに、いきなり連絡しました。お返事が来たので、後日伺って自分の仕事を見ていただきました。社長さんとADさんとお話したのですが、長野県に対する思いや出版業界のことを話しているうちに意気投合して「ぜひ！」ということに。それからしばらくして「NaOが復活するから表紙やってくれませんか？」とお話をいただきました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─そのとき、なぜ地元の仕事がしたいと思ったのですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">"地方"というのは以前からありました。地方にいることでの閉塞感はわかるし、そういう意味では東京は風通しがいいのですが、もういっぱいいっぱい...なんだろうな...ゴムが伸びきっていて、もう伸びしろが無いような気がして。その点、地方にはまだまだ"余地"があるように思えました。<br />
どん底で落ち込んでいたときに、地元の友人から突然「松本ぼんぼんに出るから、一緒に踊らない？」という連絡があって（笑）。十数年ぶりに松本の街で踊って、住んでる人たちと触れ合って、自分が持ってる郷土愛みたいなものを再確認したことも大きかったです。<br />
それと同じころ、不思議と地方にいる同世代の知り合いが次々とできたんです。みんなと話をしているうちに「やっぱり地方だな」と思うようになりました。地方だなと考えると、やっぱり自分の地元かなと。以前から地元の仕事はしたいと思っていたのですが、このときに改めて気づいたという感じです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─東京に行ったきっかけは何だったんですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">デザインの専門学校ですね。叔父が東京でカメラマンをしていて、祖母の家もあって。もともと東京生まれなので、あまり抵抗はありませんでした。あのころは若かったのもあって...今よりもっとミーハーだったし、ふわふわしてましたね。地に足がついていなくて。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─デザインに興味を持ったのはいつですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">中学生のころからイラストレーターかデザイナーになろうと思っていました。絵は描けば必ず誰かにほめられたので「私は絵がうまいらしい」と思い込んでいて。これは小さい頃からずっとそうで...完全に、親のせいですね（笑）。 それで、そのままデザイナーになって、同時にイラストも描いていました。でもあるとき気づくんですよ「私は絵を描くことがそんなに好きじゃない」って。絵を描くことがもっと上手で、もっと好きな人がいる。それなら任せればいいと思うようになりました。それからは、仕事で頼まれない限りは描かなくなりました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─卒業から現在までは、どのような仕事を？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">卒業してデザイン会社に入社しましたが、忙しくて身体を壊してしまって。その後、別の会社に入ったりもしたのですが、知人から「個人で受けてみない？」という仕事をいただいて、それをきっかけに暫くはフリーランスでした。貧乏なりにそこそこ食べることはできていたのですが、1～2年経ったころに「今の私は、上で指導してくれる人がいないとスキルが伸びない」と気づいて、デザイナーとして出版社に入り、6年勤めました。そこではずっと雑誌や書籍のデザインをしていました。 2年ほど前、担当していた雑誌が休刊になって、それをキッカケに同じ部署にいたデザイナー3人で事務所を立ち上げましたが、今年（2010年）独立しました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─以前フリーを経験して、向いていないと思ったということですが、今は違いますか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">違う！　まず、スキル以前に感謝があります。仕事とか相手への感謝が、若いときはなかったです。フリーになったと知った友だちが、心配のメールをくれたり、場合によっては仕事をくれたりするわけですよ。そういうことのひとつひとつがとてもありがたいと思える。ちゃんと感謝ができると、多少キツい仕事でもできちゃうんですよね。 今は、上司と部下という人間関係以外からでも、例えば本を読んだり、人と話したり、旅行に行ったり...ということから吸収して学ぶ力がついたと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今はどんな仕事をしていますか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">エディトリアルデザインの他にも、iPhoneのアプリケーションのデザインとか、写真とか、テクニカル系の本の挿絵とか...なんかめちゃめちゃですよ。今年の抱負は"何でもやる"ですから。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─デザインの仕事としてはもう10年以上の経験があるんですね。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。恐ろしい（笑）。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事の取り組み方はどんな感じですか？　夜起きてる感じですが。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ちゃんと寝てますよ（笑）？　ただ、事務所にいると「終電までには帰ろう」と考えますが、今は家で仕事しているのでよくわからなくなるんですよ。「ちゃんとしなきゃ！」と思ってはいるのですが...。 デザインの仕事の取り組み方としては...デザインって、表面を飾り立てることではないと思っています。発注のされ方もまちまちで、キッチリとしたラフを用意されて「あとは飾り付けをしてください」というケースもありますが、土台がガタガタだと「とりあえずココにペンキを塗っとくか」程度のことしかできなかったりするんですよね。ちゃんと設計してあげることがデザインだと思っているので、本当はそこから一緒にできるといいものができるんだろうなと。せっかくフリーになったので、そういう仕事を増やしていけたらと思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─その方が、手間がかかりますよね？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">手間もかかるし、最近は全体的にギャラも下がっていますけどね（苦笑）。だけど、私はこの方があっていますね。企画の組み立ての段階から話を聞いて一緒に作り上げていく方がいいと思います。もといた出版社の編集部では、編集者と一緒にラフから作っていく方法だったので、慣れているというのもあります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─そういう意味ではウェブ向きのデザイナーですよね。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">本当ですか？　ウェブはまだ大きいものはやっていないので詳しくないんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─でも、だいぶ前から個人サイトやってたんですよね？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">あのころは小細工ができれば、知識は少しでもサイトを作ることができました。特殊な技能がいらなかった。「テーブルでどう見せるか」という時代でしたよね。今見ると「キチガイか！」ってほど緻密に作ってあります（笑）。あれはあれで楽しかったですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事をしているときのテンションはどんな感じですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">横で呼ばれても気づかないです。だいたい入っちゃいますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事がのらないときはどうしますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">場合にもよりますね。<a href="http://twitter.com/mamitan" target="_blank">Twitter</a>やったりとか。30分我慢するとアドレナリンが出てくると聞いたので、我慢することもあります。でも「間に合わせなきゃ」という時間から動きだしちゃったりもするので（笑）。あとは、映画館とか、美術館とか、本屋とか...外に出かけることも多いです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事の仕方や考え方って、変わるものですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">変わりましたね。出版社にいたころは次号のことだけ考えていればよかったので、世の中のことをあまり深く考えていませんでした。そこから出て、いろいろな仕事をするようになると、世の中との関わりの接点も増えてきて、自然と考えることも多くなりました。<br />
自発的に気づいて変わるというよりは、人と話しているときに気づかされることが多いです。人との出会いを大切にするようになって。そうすると変わるサイクルも次第に速くなって、気づいたらガラっと変わっていたという感じです。 みんな一生懸命生きてるんですよね、適当に生きている人はいない。地方の人も東京の人も、不思議と同じようなことを考えているんです。世の中変わるんじゃないかなって気がするんですけどね（笑）。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─偉い人に影響を受けたわけではないんですね？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もちろん、大好きな偉いデザイナーさんとかもいますが、それよりも、こうやって話していることだったりしますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─例えばどんな方がいましたか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">去年、バイクにテントを積んで、ひとりで北海道までツーリングに行きました。洞爺湖のほとりにおいしいパン屋さんがあると知って訪ねたら、私と同い年の夫婦が営んでいるパン屋さんでした。少し話しているうちに意気投合して「泊まっていきなよ」という話になって。「洞爺湖はこんなに素晴らしくて、恩返しするためにここでパンを焼いているんだ」とかそんなお話を聞いて、刺激を受けましたね。 新潟の友人が、お寺で映画の上映会をするっていう企画をして、そこへ遊びに行ったのですが、やっぱり新潟でも同世代の人たちがそれぞれ面白い活動をしていて。更に上映された映画も素晴らしくて、その映画の監督さんと仲良くなって、監督さんは京都で映画を作っているので、今度は京都の方々と知り合って...と、繋がっていくんですよね。例えば、こんな感じです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─短時間でそこまでのお付き合いができるってすごいですよね。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">なんか眉間がムズムズするなって感じる時期もあって、不思議でしたね。"開いている感じ"があるっていうか...。例えば、沖縄の離島へ旅行に行って、すごく開放的になって、現地の人と気軽に話す自分がいるのに、羽田に戻ってきたとたん人が多くて、隣の人と目も合わせない...「ああ、閉じる」という感じ。わかります？　それの開け閉めだと思うのですが...。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─では、出会うのは"開いている"東京以外の場所？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最初はそうでしたが、東京にも面白い人はいっぱいいるんですよね。今までは、それに気づかなかっただけだと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─たくさんのカメラをお持ちだとお聞きしましたが？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">痛い話ですが、20個くらい持っています。写真はコンパクトデジカメから入りました。当時、私のまわりでfotologというウェブサービスが流行っていて、それが面白くて。コンデジ、ロシアンカメラ、トイカメラ、クラシックカメラ、一眼...と、最初はカメラに興味がありました。その後、興味が写真そのものへと移って、今に至ります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─写真自体に興味が移ったきっかけは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">素敵なフォトグラファーさんと知り合って、写真の凄さを教えてもらいました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─自分の思い描くイメージを撮れていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「気になったらどんどん撮りなさい」と教えてもらったのでそうしています。"デザイナー脳"だから最初は構図を気にしながら頭を使って撮っていたのですが、気になるものをただ衝動的に撮っていれば、"気になるもの"自体がその人の視点だから、それがいずれ個性になる...ということみたいです。未だによくわかりませんが...。撮った写真の中からどれをチョイスするかという、"選ぶ目"も大切ですよね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─写真は楽しんでいるという感じですね。</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">逃げちゃってるんです。仕事で撮ってても「写真は趣味だし」って、あまり構えない。撮影内容によっては、前日から緊張でピリピリして、度を超えると吐きそうになることもあるんですけどね（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─写真のお仕事にはどんなものがありますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">写真撮影とデザインの両方をしたり、インタビューと撮影をさせてもらったこともありますが、印象深いのは『<a href="http://www.bijogoyomi.com/" target="_blank">美女暦</a>』です。リニューアル前の『美女暦』のディレクターとは友だちで、私の写真を好きでいてくれて。時々依頼をいただいて、全部で20人以上の女性を撮影しました。こういうタイプの女の子にはこうやって声をかければいいんだとか、女の子の良さをどう引き出すかとか、より美しく見えるアングルを見つけ出してあげたりとか。毎回勉強になりました。女の子を撮るときに大切なのは"愛"です（笑）。イラストを描くときは産みの苦しみがありましたが、写真ではあまり感じないです。本当に趣味ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野に戻ろうという気持ちはありますか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">故郷って難しいんですよね。中にいてわかることと、離れているからわかることがあって。都心から離れたいという気持ちはずっと持っているんですが、じゃぁ長野に帰るかというとちょっとわからないですね。別の場所に行くかもしれない。私が故郷を好きでいるためには少し離れている方がいいような気がするんです。中に入ることできっと不自由もあるとか、それを外から何とかできないものか...とか、思ったりしています。<br />
例えば、長野と新潟はお隣なのに、新潟の情報は東京を経由しないと長野に伝わらないのはおかしいと思っているんです。地方と地方がもっと自由に繋がることができればいいのになあ、と。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─東京にいて感じる長野の良さって？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">人が生きて暮らすことのリズムを思い出させてくれる場所です。東京はBPMが早いというか...慣れちゃえば疲れることもないけれど、これが当然って思っているとおかしくなっちゃう気がする。地元に戻ると、BPMがゆるやかに戻る感じがあります。<br />
洗濯したり、歩いたり、手紙を書いたり、仕事したり...という日常のひとつひとつ、暮らしそのものがつまり"生きること"だと思うんです。<br />
実家の近所の田舎道を散歩しているときに、ふと「あ、ここに全部ある！」と思う瞬間があって。豊かですよね。ただそれを、ここで毎日暮らしていて感じられるかどうか...難しいところです。私はそういうものに憧れ続けながら、せせこましい場所に住んでいるのがちょうどいいのかな？　と思ったりして。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─でも地元のお仕事はするんですよね？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もちろん、これからもしたいです。長野の仕事は、全国誌を手掛けるよりも、なぜか親に自慢できるんです（笑）。単に"おカネを稼ぐ"ということだけじゃない何かができた気がして。少しはためになったかなって。単純に、嬉しいですよね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─これから、どんなことをしたいですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">同世代の面白いことを考えている人たちを集めて、混ぜて、こねて、のばして、こんがり美味しく焼きあげるようなことをしたいです（笑）。関わっている仕事とか環境は人それぞれですが、見ている方向が一緒なら、どうにかできそうな気がするんです。そういう漠然としたことを考えています。 あと、もっと自由に日本中を動き回りたい。放浪したいって気持ちがあります。放浪しながらデザインできないかなと思っていたこともありますよ。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に...免許マニアなんですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ああ...その話ですね（笑）。心に傷を負うと免許を取りに行く癖がありまして。まず中型二輪、大型二輪...その後、普通自動車免許、ダイビングの免許...。心に傷を負ったときって、その次の土日をどうやって過ごしていいか、それすらわからない。そういうときに免許を取りに行くって、ものすごく前向きでしょ。でも、もう取りたい免許がないんです。だから心の傷、負えないんですよ（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─（笑）ありがとうございました。</em></p>

<!--<br />
<br />
<p align="right" style="font-size:11px;">協力：<a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank">『D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO』</a></p>-->
<br />
<br />

<p><img src="/interview/img/i_24tatemasami2.jpg" alt="Side" /></p><br />

<p><img src="/interview/img/i_24tatemasami3.jpg" alt="Side" /></p><br />

<p align="center"><img src="/interview/img/i_24tatemasami4.jpg" alt="Side" /></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">楯まさみ[Masami Tate]<br />
Designer
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">東京生まれの長野育ち。幾つかのプロダクションや出版社を経て、2008年に仕事仲間と事務所（over-rev.）を設立。2010年に独立。デザイン全般のほか、イラストの制作や写真撮影も行う。趣味は迷子、特技は生還。旅と散歩とバイクと車と写真とダイビングと本屋と猫とコーヒーが好き。
</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Link</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://sidesign.jp/" target="_blank">Side</a>（個人サイト）</li>
<li><a href="http://blog.sidesign.jp/" target="_blank">B side</a>（ブログ）</li>
</ul>
]]>
    </content>
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<entry>
    <title>23 瀧内貫</title>
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    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=404" title="23 瀧内貫" />
    <id>tag:idnagano.net,2009:/interview//2.404</id>
    
    <published>2009-10-21T07:28:46Z</published>
    <updated>2009-10-28T00:35:26Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Design Director" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_23takiuchi1b.jpg" class="interviewph" alt="瀧内貫" /></h5>

<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">ロングライフデザインを考え、伝えるD&amp;DEPARTMENT PROJECTの長野店<a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank">『D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO』</a>を9月にオープンさせた瀧内貫氏。運営会社である株式会社コト社の代表を務める瀧内氏に、オープンまでのいきさつと今後の展開についてお話を伺いました。 </p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子 </p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─まずはD&amp;DEPARTMENT PROJECTについて教えてください。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">"ロングライフデザイン"をキーワードにした、家具、キッチン雑貨、食器、文具など生活雑貨のセレクトショップです。<br />

新品・中古を問わず、長く使い続けることのできる商品を紹介・販売しています。また、ショップだけでなく、県内のデザイントラベル情報を紹介するカフェやギャラリースペースを併設し、多様なデザイン活動を展開します。 勉強会やイベントの開催も積極的に行っていく予定です。</p>

<p><a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_23takiuchi2.jpg" alt="D&amp;DEPARTMENT PROJECT" /></a><br />
<br />
<a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_23takiuchi3.jpg" alt="D&amp;DEPARTMENT PROJECT" /></a><br />
<br />
<a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_23takiuchi5.jpg" alt="D&amp;DEPARTMENT PROJECT" /></a></p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─なぜD&amp;DEPARTMENT PROJECTに参加しようと思ったのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">参加しようと思ったというか...自分が何をやりたいかということを整理していく中で、D&DEPARTMENTが当てはまった、という感覚ですね。<br />
僕は、自分が長野という地を選択して住んでいると思っています。土地を持っているとか、親がいるとか、妻の両親がいるとか、そういった縁故がこの土地にはない。けれども、時間の流れ方とか、土地の雰囲気とか、何かをやったときに伝わる速度感とか、関わっている人たち...そういったものが自分に合っているし、好きだという理由でここを選んでいるんです。<br />

自分が選んでいる場所や土地に対して何ができるかということを考えました。一方で、この土地だけで何かをやっていくということのむずかしさを感じていました。東京など大きい経済圏と繋がりながら自分のやりたいことをやるというスタンス、そこにマッチしたんです。D&DEPARTMENT では、地方と東京の商品を両方取り扱っています。東京のフォーマットをそのまま当てはめる店ではなく、その土地らしさを取り入れていく、というところ。<br />
"その土地らしい"というのは、逆をいえば"その土地にしか通用しない"ということと表裏一体である可能性があるので、全国的に通用するジャッジ、つまり東京を発信として利用できる部分が加わって...簡単にいうと都合がよかったんですが、地方であるところと、東京を利用するところのバランスに共感しました。<br />
もともと、お店のファンであったことは間違いないです。単純にファンだという次元もありつつ、でも、ファンだからやっているということではない。やりたいことのひとつの手段としてD&DEPARTMENTがある、ということだと思います。<br />
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─そもそも、瀧内さんとD&amp;DEPARTMENTとの出会いは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">植木鉢を探していたんです。「長野にかっこいい植木鉢がない！」と思ってネットで探していたら、D&amp;DEPARTMENTのショップがまたたまひっかかったんです。そのころ、D&amp;DEPARTMENTはグリーンなどの販売に力を入れていた時期で。サイトを見ていたら自分好みの良いものが多くて、とりあえず植木鉢を買って。それがきっかけですね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─瀧内さんはもともと会社員だったわけですが、退職するとき、すでにD&amp;DEPARTMENTの存在があったわけですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まったくないですね。父の仕事を手伝うための退職でした。ホテルの手伝いをしたり、デザインをしたりしながら今後模索している中で、D&amp;DEPARTMENTの「d47」を知ったんです。
<br />
会社員時代に学んだことは、今すごく役立っています。実際にお店を経営してみて役立つ基本的なビジネススキルは、あの時代に相当量鍛えられたなと感じています。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─オープンよりもだいぶ前にmixiでコミュニティを立ち上げたことが印象深いのですが、コミュニティを立ち上げるだいぶ前から準備していたのでしょうか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いいえ、立ち上げる前日にナガオカさんに初めてお会いしました。<br />
ナガオカさん自身「インターネットでコミュニティを作ることは、情報をうまく集める方法として可能性があるのではないか」と思った時期と重なっていたんです。ご本人も実名でmixiに登録して、情報を集める活動をしていて。<br />
僕はもともとファンだったということもあってブログやサイトを見ていて、47都道府県に1店舗ずつ作るという「d47」を知って、とりあえず会わせてくださいとメールを送り、お会いし、そのときに「とりあえず進めてみましょう」ということになったんです。翌日にコミュニティを立ち上げました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─お会いした当日にGO...そんなにスムーズに決まるものなのですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">それなりに準備をして行きました。ほかの店舗から話を聞くと、かなり順調なスタートだったらしいですよ。振られてアタックして、また振られてはアタックして...という方々が多い中で、初回で「話を進めてみましょう」となった長野店は珍しい例だそうです。<br />
ナガオカさんはメディアで考えを発信しているので、それを把握することはできます。だけど、自分の考えていることはナガオカさんに伝わっていない。だから僕は「長野でやるならこういうことをやりたい」という企画書を作って持って行きました。それがスムーズに進んだ要因だと思います。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ナガオカケンメイさんってどんな人ですか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ナガオカさんは、気さくな人。でも厳しい人。デザインや仕事面では目利きな人です。すぐに判断してしまう。<br />
基本的に"デザイン好きな人"ですね。ナガオカさんは、デザインの在り方がが間違った方向に向かっていると感じているんです。著名なデザイナーがデザインしているものが重視され使い勝手が無視されている家電や住宅の風潮や、良いデザインでも消費社会の中ですぐに捨てられてしまう現状を、ひとりのデザインファンとして変えていきたいと考えています。それに対して自分に何ができるかと考えたときに"正しく伝える売り場を持つこと"がひとつの答えなのではないかと思い立ち、D&amp;DEPARTMENTの活動がスタートしたんです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─では、D&amp;DEPARTMENTは正しいデザインの在り方を伝える場なんですね？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">それだけではないです。正しいデザインの在り方は、すでに答えが見つかっているわけではないので、一緒に探して、勉強していこうというスタンスですね。地方に埋もれている良いデザインを探したり、正解を探す場だったり。その拠点としてショップがある。<br />
書籍やウェブで紹介するだけでなく、経済活動として成功する方法でやっていこう、ショップとしてのコミュニケーションで伝えていこう、ものをきちんと使ってもらうためにきちんと伝えて売ろうというスタンスです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─店舗準備にはかなり時間がかかったということですが。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。おととし（2007年）の11月末にナガオカさんとお会いして、オープンが今年（2009年）の9月。約2年ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─準備に時間がかかった要因は？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">自分の中の甘さですね、やっぱり。「こういうことやりたい！」といっていただけで、現実を見ていなかった。考えが中途半端だったのに言い出してしまったので、あいまいな部分をきちんとした線にしていくという作業に時間がかかりました。<br />
もうひとつは物件が見つからなかったということですね。僕たちの理想とする建物がなかったんです。目的を持ってきていただく場所ということで、繁華街からは少し離れたところ、というのがD&amp;DEPARTMENTの理想でした。街の風景になっている建物であるとか、新築はNGとか、共同テナントもNGとか...条件があるので。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─場所が決まってからオープンまではどのくらいでしたか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">2ヶ月経っていないですね。本部すら疑っていました。「とりあえずやってみなよ」とは言っていましたが、心の中では「無理でしょ」という感じで（笑）。無事にオープンした際は「奇跡だ！」といわれました。通常は3ヶ月程度、時間をかけているみたいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─mixiのコミュニティや公開ミーティングといった、店舗オープンに向けての活動が独特だったと思うのですが？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">計算ではないです。そのときに何が適切かを考えながらやっていっただけです。<br />
自分に経験がないので、自分の中に方法論がなかった。その状態でどうすればよいかと考えたときに、D&amp;DEPARTMENT PROJECTらしいやり方として、とりあえず手を動かしてみよう、足を動かしてみようという感覚でした。<br />
他県のD&amp;DEPARTMENTは会社で立ち上げようとしているのでスタッフがいるんですが、僕は個人でやるといい出したので人がいなかった。とりあえず、興味ある人がどれくらいいるか調べてみようという感じで、2008年の2月にミーティングイベントという形で開いてみたら、結構集まったんです。その流れで公開ミーティングをやってみようと思って。人を探しながら物件情報や長野の情報を集める仕組みであり、同時に宣伝・告知にもなる。また、D&amp;DEPARTMENTを始めようと思ったきっかけでもある"長野の気付き"の場にもなると思って公開ミーティングを選択したんです。でも回数を重ねるほど公開性はなくなってしまって、メンバーが固定化してきて参加しづらくなってしまったりもしました。<br />

次のステップとしては、みんなで長野にどういうものが埋もれているのかを探りにリサイクルショップを回ったり、自分たちでコースやパンフレットを作ってトラベルしてみたり。そういったことをしてきました。<br />
こうやって繋がってきた人たちとやればやるほど考えが収斂していく中で、場所が見つからないというジレンマは常につきまとっていましたね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─オープニングにもたくさんの人が集まっていましたよね。人集めが上手なのかなと思うのですが。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">基本的に人好きだけれど、人づきあいが得意なわけではないんです。どちらかというと苦手ですね（苦笑）。たぶんやろうとしていることと、やっていることのむちゃ感が「手伝ってやらなきゃ」という気持ちにさせているだけかと（笑）。<br />
ただ、ワークショップなどをやっていく中で、楽しんでもらわなきゃ意味がないという意識はありました。そういうことは考えてますね。<br />
例えば、店舗の看板は学生の相当なる犠牲の上に完成したものなんですよ。その代わり、話す時間を提供しました。一対一でナガオカさんなどと話す機会はなかなかないじゃないですか。お金を提供することはできないけれど、工夫や努力次第で別の価値を提供することはできるんですよね。そういうのはやっていました。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─D&amp;DEPARTMENTのキーワードはロングライフデザインですが、長野のロングライフデザインって何でしょう？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野のロングライフデザイン...まだわかっていない、手探りです。商品の選び方も、勉強しながらという感じです。足で探して、ひたすら話を聞いて。その繰り返し。<br />
結局、情報発信がうまくいっていないんですよね。例えば、同じ県内でも木曽の情報は長野市まで入ってこない。だから足を運んで、情報を収集して、見つけてくるより他ないんです。現地に足を運んで、中心となっている人物を探し出してその人の話を聞いて、枝葉が分かれたらしらみつぶしに調べていきます。ロングライフデザインという条件をクリアできるかどうか。地道な作業です。でも、そういうものじゃないと、売ろうとしても売れません。長く使ってももらえない。<br />
2Fのショップの商品は、最終的にナガオカさんが選んでいます。商品選定会があるので、こちらで提案して、審査が通ったものだけが店頭に並ぶというルールです。実感を伴った提案であることが前提なので、自分で購入して、自分で使ってみて、その上で提案するという流れがあります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─オープンして三週間。これまでの感触はいかがですか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだまだです。予想していた範囲の下限、という感じでしょうか。D&amp;DEPARTMENT自体がまだまだ長野に浸透していないですし、立地的にもふらっと立ち寄る感じではないですし。もう少し時間はかかるかなと考えています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANOとして、今後のイベントなどは決まっていますか？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ここの立地だと"何か"を仕掛けないとお客さまは来てくれないと思っています。ですから、D勉強の会（自分たちの商品勉強会を公開で行うというスタンスのもの）や、デザイントラベルツアーの開催、ギャラリーとしての場所の提供などを計画しています。年内にも、勉強会とギャラリーと観光ツアーを各ひとつずつ開催する予定で準備を進めています。<br />

id=Naganoの勉強会をここでやってもいいですよ、コーヒー飲みながら。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─D&amp;TRAVEL CAFEというのは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野のデザイントラベル情報を集めたカフェです。スタッフの誰に聞いてもおすすめのトラベルプランを提案できるような、観光案内所の機能を持たせたいんです。<br />
長野はもったいないところがすごく多い。この風景とこの商品があるのに、サービスが不十分だったり、店舗から干してある洗濯物が見えていたり（笑）。全国から人を呼べる可能性があるのに埋もれている。そういう情報に気づいてもらえる場所にしたい、それをやり続けている場所になりたいと思っています。いつ来ても何か新しい情報があるような。<br />
これはまだ本部にOKももらっていない構想に過ぎませんが、D&amp;TRAVEL CAFEを県内のいくつかの都市に作りたいと思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─各都市に作る意図とは？</em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">旅の出発点になってほしいんです。「長野っていいところだよね」とわかってはいても、どこに行ったらいいのかわからない。そういう人たちが D&TRAVEL CAFEにきて「どこかいいところありますか？」と聞いてくれればいい。スタッフ全員が「この時期だったら、D&amp;DEPARTMENTとしてはここがおすすめです。このコースで回れば、デザインという視点においても、旅という視点においても満足してもらえるような旅ができます。」と案内できる状態にしたいです。

<br />"観光"は長野県の経済にとって一番のキーだと思っていて、このデザイントラベルという新しい切り口で見せることによって、別の層の人たちが県内を回り出すことにつながればと思っています。デザインがいいということが人を呼ぶことにつながることがわかれば、住んでいる人や観光に携わっている方にとっても気づきになると思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、何か伝えたいことはありますか？ </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">とりあえず来てください（笑）。<br />
まず来てもらって、触れてみてください。触れてみなければわからないので。</p>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>
<br />
<br />

<p><a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_23takiuchi4.jpg" alt="D&amp;DEPARTMENT PROJECT" /></a></p>

]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">瀧内貫[Toru Takiuchi]<br />
Design Director
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">1978年 大阪生まれ。長野育ち。<br />
長野工業高等専門学校環境都市工学科を卒業後、設計事務所、食品会社などを経て、2008年 フリーに。2009年 株式会社コト社設立。<br />

<br />
デザインを使った地域活性化、地域貢献が目下のテーマ。<br />
D&amp;DEPARTMENTを47都道府県につくるプロジェクト「d47」の長野店を2009年9月に開店。
</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Link</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.d-department.com/jp/shop/nagano/" target="_blank">D&amp;DEPARTMENT PROJECT NAGANO</a></li>
<li><a href="http://www.d-department.jp/" target="_blank">ロングライフデザイン - D&amp;DEPARTMENT</a></li>
<li><a href="http://ta9chi.naganoblog.jp/" target="_blank">コトノコト</a></li>
</ul>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">D勉強の会<br />わかりやすい珈琲</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">

<strong>日時</strong><br />
2009年11月3日（火・祝）17:00～（16:30開場）<br />

<strong>場所</strong><br />
D&DEPARTMENT PROJECT NAGANO by COTO 1階「D&TRAVEL CAFE」<br />
※イベント開催のため、カフェは16時までとなります<br />

<strong>参加費</strong><br />
1,500円(珈琲・お菓子付き)　<br />

<strong>定員</strong><br />
30名<br />
<br />
お申し込み・お問い合わせ　長野店店頭またはお電話（ 026-225-9529 ）へ。<br />
<br />
丸山珈琲代表の丸山健太郎氏をお迎えし、コーヒーセミナーを開催します。フレンチプレスを使った簡単なコーヒーのたて方やスペシャルティコーヒーの産地別 飲み比べなど、丸山健太郎氏のコーヒーへのこだわりをお聞きしつつ、様々な味や風味の珈琲をお楽しみいただくイベントです。

</p>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>22 古川陽介</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2009/09/22.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=398" title="22 古川陽介" />
    <id>tag:idnagano.net,2009:/interview//2.398</id>
    
    <published>2009-09-08T08:16:49Z</published>
    <updated>2009-09-08T08:20:53Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="DJ" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_22furukawa1.jpg" class="interviewph" alt="古川陽介" /></h5>

<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">「日常に音楽を」というコンセプトのもと、松本の女鳥羽川のほとりで5周年を迎える瓦レコードを運営しながら、reiharakami、七尾旅人、ロマンポルシェなど大物アーティストを迎えての本格的な大規模フェス<a href="http://ringofes.naganoblog.jp/" target="_blank">「りんご音楽祭」</a>を開催しようと奮闘する"dj sleeper"こと古川陽介氏にお話をお聞きしました。 </p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー・写真・編集／坂田大輔</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─瓦レコードに初めて来ましたが、とても面白い場所ですね。まずは瓦レコード立ち上げの経緯を教えてください。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">信大の授業で仲間が集まって、最初は自分の家とかで遊んでいたんですが、2日に一回など頻繁になってきちゃって、さすがに自分の家に毎日来られるのもどうかなと...外で遊ぶにはお金もかかるし、それだったらみんなで一軒家借りちゃおうというのが始まりでした。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─そのあとの変遷を教えてください。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最初は友達同士のたまり場だったんですが、そのうちレコード屋を始めました。そのとき、名前を何にしようかなって思ってたんですが、この借家がもともと瓦の製造工場だったこともあって、漢字一文字でつけたいなと思っていたことも重なって、「瓦レコード」と名づけました。
<br />
今年で5周年ですが、ここで、毎週末の本格的な音楽イベントを始めたのは3年前くらいからです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─毎日のようにイベントやっているイメージがあります。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね、現在は火・金・土の3回やっているからかもしれません。スタッフは10名ほどで、瓦レコードを通して知り合った人たちです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─瓦レコードのイベントもそうですが、ご自身が出演されるイベントの数、またはその他のイベントやライブに数えきれないくらい参加されているようですね。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。派手に動く時は動きますね。このまえは、サマソニでライブを10本ほど観た後に、夜に5カ所くらい会場回ってライブを観ました。
<br />

りんご音楽祭への出演される方への挨拶もあったのですが、さすがにその時は死ぬかと思いましたね。手がけいれんしてました（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─りんご音楽祭の話が出たので、こちらについてもお聞きしたいと思います。mixiやナタリー、Yahoo!ミュージックなど大手のサイトにニュース上がってますが、これをやろうと思ったきっかけってなんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もともとアルプス公園でなにかやりたいなと思っていました。東京で一度働いたのでその時はあきらめかけてたのですが、松本に戻ってきて、Monday満ちるさんの告知で松本中を巡ってるとき、天気よかったんで、お弁当もって公園にお昼食べに行ったんですよ。
<br />
そのとき、「ここでパーティーして！って、この場所が言ってるよね」ってみたいな...ここ場所がすごくよくって、フェスやろうって決めました。
<br />
ただ、今年やろうか来年やろうか迷ってたんですけど、6月の頭に強力なスタッフが2人見つかって、そのバックアップもあって今年やることにしました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─出演者すごいですよね。reiharakami、七尾旅人、ロマンポルシェ、オーサカモノレール。この人脈ってどっから来てるんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いや、人脈ってほとんどなくて、純粋に自分がいったライブとかパーティでアーティストに声掛けてというのを繰り返しているだけなんです。

<br />
もともと瓦もゼロから始まったんですけど、ライブ行って良かった人声掛けての繰り返しなんです。reiharakamiさんは、七尾さんのマネージャーさんからつながった感じです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─出演者に長野県のアーティストも多いですよね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野県のアーティストに参加してもらってるのは、長野県のパーティーとかライブに行く機会が多いから。必然的に長野県のアーティストにオファーする機会が増えた結果だと思います。お客さんには、りんごで県内のアーティストに触れてもらうことで、県内の音楽のきっかけになってくれたらなとも思ってます。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em></em><em>─長野県で音楽がどんな風に浸透していったらと思いますか。 </em></p>
<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment"> 長野県の人にとって音楽がもっと日常的になったらいいなと思ってるんです。まだ長野県は「ゲストが来る」からとか「お祭りだから」とかそういうことじゃないとなかなか人が集まってこないですよね。音楽やってるところにふらりと寄れるかんじ... 「ゲストが来る」といってテンションあげるのも大事だけど、これって常にできないことですよね。

毎日フジロックだと難しいじゃないですか。それに、特別なイベントへの参加はライフスタイルにはならないなと思ってます。自分は、『衣・食・住・音』を目指している。いいかえるならば、『非日常を楽しむのではなく、日常を楽しくする』ということですかね。そういった意味で、
  ふらりと寄れる、瓦レコードは毎日開いていた方がいいと思うんです。今は火・金・土でやっているのですが、そういう思いは常にありますね。<br />
<br />
<em>─瓦も5周年、お客さんの音楽に対するとらえ方って変わってきましたか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">これは、変わってきましたね。自分自身がクラブとか行き始めた当初は、ハードルがすごく高かった。とりあえず怖いみたいな...。音楽なのになんで怖いかって...。でも実際行ってみて、あぁこれは怖いね、と。これがとても好きじゃなかったです。<br />
そういうのは瓦にくるお客さんはもってないし、音が好きって括りで集まったパーティーみたいな感じで楽しめるようになってきていると思います。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─それにしても瓦にせよりんご音楽祭にせよ、相当音楽が好きですよね？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">純粋に好奇心だと思います。いい音に出会ったときのあのゾクゾク感あれがやめられないですよね。小学校の給食の時間に、ディープパープルのハイウェイスターを放送室から流して先生から叱られたのを覚えてます。今思えば、そのころからDJしてたんですかね。
<br />
自分が好きな曲を、人に知ってもらいたいという気持ちが人一倍強かったんだと思います。「いいでしょ！いいでしょ！」ってそんな感じです。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─共感を得たいって気持ちがあるんですね。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">あると思いますよ。<br />

自分は結構誤解されやすいんですよね。音楽の好き嫌いははっきりあるんですが、ジャンルで好き嫌いがないので「あいつはなんでもいいんじゃないか」なんて言われることもあります。<br />

また、瓦は家なのでクラブみたいな大音量は出せないんですね。でもこれは意図的であって、瓦はライブハウスやクラブではなくてホームパーティの延長と考えているからなんです。
<br />
さっき話したように、音楽がある生活が日常になったらいいなぁと思ってるので、必要以上の大音量は必要ないんです。けどあんまり理解されないことも多いです。だから、逆に共感を得たいという気持ちも強いのかも知れませんね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─理解されないって経験は多いんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">多いですね。確かに理由を聞くと、「あ～自分が悪かったわ...」という場合もとても多いのですが、ただこれわかってくれないのか...という場面も結構多いですね。<br />

さっきのライブの話でいえば、同じ音を扱っていますが、ライブハウスやクラブとは目指しているところは全く違うと思っていて、瓦でやろうと思っていることはホームパーティでどれだけのことができるかってことなんです。どっちがいいとか悪いとかじゃなくて目的が違うわけだから、これはしょうがないですよね。こういうことも誤解されることが多いですね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─となるとお客さんも瓦ではライブハウスやクラブと時間の過ごし方は変わってくるんですかね？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ぜんぜん違いますね。瓦は「音楽を日常にする」というのがコンセプトなんで、ライブって「よーし！見るぜ」みたいな感じじゃないですか。出演者がライブやって、その合間に小休止いれてまた次のバンド、気合いいれて見るみたいな。<br />
瓦は音に疲れた時にゆっくり出来るような、音からの逃げ場が多いんですよ。つまりアーティストにとってはハードルが高い。いい音出してないと、すぐ逃げられちゃいますからね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─りんご音楽祭のことにちょっと戻りますが、初フェスということで大変なことはありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">めちゃくちゃ大変ですよ（笑）常に壁にぶち当たっている感じですかね。で、壁がありすぎて、壁にぶち当たるのも、壁を壊すのも普通になっちゃいました（笑）。怖いのは一日何個も壁を壊し続けてるので、その日壊さなきゃいけなかった壁をうっかり1つ忘れてしまうこととかですかね。<br />

でも、利益無視でかかわっていただいている企業の方とか、アーティストさんも協力してくれるので本当に助かってます。絶対成功させなきゃって思いがあります。<br />

あとスタッフ今は20人から30人でやってるんですが、足りない...ぜひこれをみて興味のある方は連絡欲しいですね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─<span class="interviewcomment">長野県</span>にもフェスが結構でてきてますね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">UEDA JOINT、PEACEFUL GARDENや木曽鼓動なんかがありますよね。UEDA JOINTのTOSHIZOさんにはりんごにバンドででてもらうし、PEACEFUL GARDENのオーガナイザーさんには瓦でDJしてもらったり、木曽鼓動さんには企画書の書き方とか教わってます。本当にありがたいです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─りんご音楽祭に参加するお客さんへのメッセージは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">価格も安いので、気軽に来て楽しんでほしいですね。まだまだ県内の方の参加が少ないのですが、特に長野県の方には来てもらいたいです。ぜひよろしくおねがいします</p>



<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<p><a href="http://ringofes.naganoblog.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_22furukawa2.jpg" alt="りんご音楽祭2009　オフィシャルサイト" /></a></p>

]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">古川陽介[Yosuke Furukawa]<br />
DJ<br />
url : <a href="http://ringofes.naganoblog.jp/" target="_blank">りんご音楽祭2009　オフィシャルサイト</a><br />
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">りんご音楽祭2009</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
2009年9月21日（月・祝）・22日（火・祝）<br />

<strong>＜昼の部＞</strong><br />
10時～20時[雨天決行・荒天中止]<br />
<strong>＜夜の部＞</strong><br />
RAIZ 21時～5時<br />
ALECX 23時～5時</p>

<p xml:lang="en" lang="en">
★<a href="http://ringofes.naganoblog.jp/e286859.html" target="_blank">チケットの購入についてはオフィシャルサイトをご覧ください。</a></p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>21 小出陽子</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2009/06/21.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=390" title="21 小出陽子" />
    <id>tag:idnagano.net,2009:/interview//2.390</id>
    
    <published>2009-06-17T22:51:38Z</published>
    <updated>2009-06-17T22:53:49Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="おやき屋" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_21koide1.jpg" class="interviewph" alt="小出陽子" /></h5>

<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">信州の郷土食"おやき"を全国に広めようと始まった『信州おやきブランド化事業』の委員会で作業グループ会長を務める小出陽子氏。おやき調査隊というサイトを立ち上げ、自身のおやき店<a href="http://www.fukikko-oyaki.com/" target="_blank">「ふきっ子のお八起」</a>でもネットショップを運営している小出氏にお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─まずは、ご自身の経緯について教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">母がここ（青木島）で開業して20年間やってきたおやき屋を、3年前に引き継ぎました。4年前に東京から戻ってきたんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今まではどのようなお仕事をされていたんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私は何でもやってきた人です（笑）。<br />
18歳で東京に出て短大に入りました。その頃は男女差別が強く、短大卒の地方出身の女の子は東京では就職できない時代。身元がしっかりしている女の子でないと名の通った企業には入れないんです。自宅から通勤しない女の子は"不良"とみなされてしまう。だからなかなか就職できなくて。でも東京を離れる気持ちにもなれなくて、伯父に身元を保証してもらって信用金庫に入社しました。融資部で4年半過ごし、金融全般に始まり、英文タイプや外国為替も勉強させていただきました。<br />
そのあと入ったのは小さな出版社。学生時代から出版・広告等のクリエイティブな仕事がしたいと思っていたんです。2年間お世話になりました。<br />
活字の世界も好きだったけどそれ以上に料理も好きでした。だからその後は、知人から声を掛けられてお茶の水の『レモン』という紅茶専門の喫茶店の雇われママを1年間やり、ケーキや紅茶の勉強をしました。<br />
その間に結婚をしたこともあって、とりあえず家庭と両立できる仕事をと思って喫茶店の仕事を引き受けたのですが、単調過ぎて飽きてきちゃったんです。そんな頃、元旦那に「正社員として仕事をして定額の収入を得た方がいいんじゃないか」と言われて。彼は、お互いに稼いだお金はそれぞれが使うという主義だったんです。それがきっかけで、安定した収入を得るために海外建設コンサルタント会社に入りました。27歳のときです。<br />
海外に特化した建設プロジェクトの会社で、外国為替の知識と英文タイプの腕があったので、主に海外のプロジェクト資金の回収とテレックスを使った現地との交信担当として採用になりました。<br />
そこで18年間。その間には4年間のインドネシア駐在も経験しました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきがまったく登場しませんが（笑）、なぜおやき屋さんを継ぐことに？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">45歳になったときが転機でした。母がおやき屋をやめたいといったことがきっかけで、東京を離れる決心をしたんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─18年間のキャリアは、かなり充実されていたように思うのですが。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">充実はしていました。事務部門のトップレベルである業務室長だったので部下が12名いました。ほとんどのプロジェクトの資金繰りやスタッフの世話、部門や事業部の損益計算まで見るようなポジションです。仕事はとても面白かったですよ。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─継ぐときには、相当迷われたんですよね？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まったく迷わなかったです（笑）。<br />
自分の腕と頭でお金を稼ぎ出すという仕事に憧れていたんです。18歳のときから「赤ちょうちんの店を持ちたい」という思いがあって、その夢が私の中で途切れることなくずーっと育っていました。自分でおいしい料理を作ってお客さまが喜んでくださることでお金が稼げるのなら、その方がずっと充実しているだろうとどこかで考えていて。<br />

同時に、18年間勤めていても私は会社の歯車のひとつでしかないという思いがいつもあったんです。事務職は技術コンサルタントのサポート役でしかなく、自分で汗水流して働いていても縁の下の力持ちで終わってしまう。しがない宮仕えの身でしかないのかな、という思いが。<br />
その会社は私の入社以前からすでに週休二日・フレックスタイム制、社長も部長も役職ではなく「さん」付けで呼ぶという先進的でフレンドリーな会社だったし、お給料がすごく良かったんですけどね。私が一番いただいていたときで年収1,000万円以上でした。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─1,000万円以上!!　その年収を捨てるって、すごい決断だと思いますが...。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">プロジェクトで扱うお金も1億、2億と大きいですから、お金の価値が麻痺してしまうんですよ。こういう世界、お金の真の価値を見失うような世界に身を置いていたら私は将来どうなってしまうんだろうという怖さがありました。だから辞めると決めたときには少なからず安堵感もありました。<br />
今はおやき1個売って利益が10円以下の世界で生きている。これが本当の世界だなと、実感しています。現実の世界に帰ってきたなという感覚ですね。<br />
18年間の間に、離婚したり、つらい思いをしたり、海外生活を体験したり。いろいろ起伏があるはずなのに、18年間という期間がすごく短く感じるんです。長野に帰ってからのこの4年間の方が18年間よりも倍以上に長く感じます。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今は歯車という感覚はないですよね？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まったくないですね。自分が作りたいおやきを作る、自分の思い通りの味付けをする。もちろん失敗もあるし、いろいろな苦労もありますが、それは全部お客さまに喜んで食べていただくための苦労だから全然いとわないんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─修行はどのくらい、どのように行ったのでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">母のもとで、1年間修行しました。4人姉妹ですが、母のおやきを作ることができる娘は誰もいなかったんですよ。私が初めて母から教わりました。<br />
川中島地方のおやきは生地が全然違うんです。水分量がとても多いので、手ですくうと指の間から生地が流れ落ちてしまう。素早く包んで素早く焼いてせいろに入れるという、ひとりで作るのは大変なおやきなんです。<br />
母は「普通は3年かかるところをあんたは1年でやった」って、最終的には褒めてくれました。最初は喧嘩ばっかりでしたけど（笑）。20年間ひとりで切り盛りしてきた店です。自分が守ってきた城を誰かに引き渡すときの寂しさって、誰でも感じますよね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─お母さんのおやきをそのまま引き継いでいるのですか？
</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">母は焙烙というフライパンのようなもので焼いていました。生地がくっついてしまうので、どうしても油をひかなければならない。油を最低限の量にしても油の皮膜は残ってしまって、個袋に入れたときに中が油でべっとりしてしまうんです。お客さまが見た瞬間に「油をすごく使ってるのね」と言われてしまって。修行しながら「どうしたら油を使わずにこのおやきの製法を踏襲できるだろう」と考えていました。<br />
そして、母から完全に店を受け継いだ瞬間に、鉄板に変えてしまったんです。遠赤外線効果のある厚みのある鉄板を特注でお願いして。これだと油をほとんど使わないんです。<br />
最初は文句を言われましたよ、「私のおやきじゃない！」って。なので、最初の2年間は、両方のおやきを作っていました。<br />
今もおひとりだけ、母のおやきが食べたいというお客さまがいらっしゃいます。その方には焙烙で焼いたおやきを差し上げています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきの種類が豊富ですよね？　お母さんのときはオーソドックスなおやきだったんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私が季節ごとのおやきを作り始めたのは、母の影響です。スケジュールをきちんと立ててお客さまにお知らせするようにしたのは私ですが、母も変わりおやきをたくさん作っていたんです。<br />
幻のおやきといわれるものがすごく多くて、私では絶対に考え付かないようなおやきをいっぱい作っていました。バナナのおやきとか、納豆のおやきとか、鮭の氷頭のおやきとか。それが大当たりなときもあれば、「おいしいから食べて」といっても躊躇しちゃうようなときもあって。母の時代からちょっと面白いおやき屋だったんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきの商品開発には時間がかかるんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">かかるときと一発OKのときがありますね。決まらないときは何回やっても決まらない。私のオリジナルおやき第一号が『和のトマト』で、今も一番人気です。<br />
今は毎月新作を考えなくてはいけないので、旬の野菜をどういう味付けにしたらお子さままで食べやすく、一番野菜の味を感じてもらえるか、というところから入ります。ネーミングから入ると、だいたい失敗しますね（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─これはどうだろう...っていう、究極の失敗作もありますか？（笑）</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ある情報誌の『斬新なおやきを作ってみよう』という企画で、いろいろな食材を持ち込んでいただいておやきを作ったんですが、一番食べられなかったのはプリン！　歯ごたえないし「何これ～！」っていう仕上がりでした（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─インドネシアでの経験もおやき作りに生きていますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">間接的に生きていますね。あまり知られていない調味料や香辛料を知っているので、それを隠し味に使うことはあります。いろんな味を知っているという意味では多少おやき作りに生きているのかな？と思う程度です。<br />
数ヶ月前にテンペのおやきを季節のおやきとしてつくったんですが、テンペはインドネシアで昔から食べられていた郷土食です。テンペが懐かしくて、栄養的にも良いものだからおやきに取り入れてみました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─では、本番...信州おやきのブランド化事業について教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">おやき事業者さんたちが横の連携をとって、おやきをもっと盛り上げて知名度をアップさせましょう！という企画を長野商工会議所と共に練り上げ、経済産業省の補助金事業として採択されたんです。<br />
昨年度の調査研究事業は今年の3月末で終わりました。4月から本格的な地域資源∞（無限大）事業が採択され始まっていまして、すでに善光寺大門駐車場や、ながの東急さん、イトーヨーカドーさんでイベントを行っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─目的は『信州のおやきを全国に認知させる』ということですよね。反応はいかがですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだ県外に大々的に発信していくというところまでは至っていないので、県外に対する手応えはまったくないです。本格的な"信州おやきブランド化事業"は始まったばかりなので。<br />

ただ、調査研究事業においていえば、組合もなく、お互いにどんな顔をしてどんなおやきを作っているのかがわからない状態だったおやき屋さんたちが、集まって、認知し合って、信頼関係を築き上げられたということが一番の成果だと思っています。コアメンバーは強い絆で結ばれて「みんなで頑張ろう！」という状態になっていて、すごくうれしいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやき事業者って、どれくらいあるんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野市だけで70軒近くあります。おやき調査隊でデータ協力をしてくださっているおやき店さんは50軒弱くらい。その中で、事業に本格的にメンバーとして参加してくださっているおやき事業者さんは22軒くらいですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─認知度って計りにくいですが、何か具体的なイメージはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まずはおやき事業者さんたちの意識の差を縮めることがこれからの課題ですが、小さなイベントや運動を積み重ねていけば、長野市だけでなく北信地域に広がり、ゆくゆくは長野県全域になって。いずれは長野県のおやきサミット開催というレベルまでたどり着けたら面白いなと思っています。<br />
信州おやきサミットが確立できたら、今度は県外の"おやき"といわれるものだとか、おやきと形状が似ている粉ものをみんな集めて、おやきサミットの全国バージョンができる。その域まで到達できれば、信州おやきがもっと骨太に成長していくんじゃないかなと考えています。<br />
あとは事業者間の相互扶助ですね。勉強会も開催していきたいと考えています。時々、食材が手に入らないという事態が発生することがあるんですが、そういった情報も共有し合って、手に入った食材も分け合いたい。食材の仕入れもみんなでやればそれだけコストダウンに繋がりますし。そのためにウェブを使いたいという思いがあります。業者さん専用サイトを作って情報共有をしていきたい。行く行くはおやき事業者の協同組合を立ち上げたいと考えています。この専用サイト運営が組合の基礎になっていけばいいなぁと思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─これでおやきの認知度がどんどんあがったら、東京出店とか考えますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">おやき事業者さんというのは、小さいところから大きなところまで、千差万別ですよね。そのレベルですみ分けしていけば良いと思うんです。<br />
私はこの店の規模を大きくしたいとか、支店を出したいとか、県外に進出したいとはまったく思っていないんです。お店の規模は、自分の味が守れるレベルであるべきだと思っているので。自分のお店を大きくしたいからやっているわけではなくて、おやきというものを県外の人に食べてもらいたいという、それだけなんです。そのためにおいしいおやき、安全なおやきをみんなで作っていきましょうというコンセプトに基づいてこの事業に関わり合っているので、みんなで頑張っておやきを広められればいいと思っています。だから県外への進出も、みんなで力を合わせてアンテナショップが出せるなら、それが一番いいなと考えてます。そこでいろんなおやきが食べられる、それが楽しみでお客さまに来ていただけるようなお店だったら絶対に出したいですね。<br />
ただ、おやきはその日につくったものじゃないとおいしくないんです。でも、その日につくったものをその日に持って行って県外で販売するのはほとんど不可能です。その障害を超えるにはどうしても冷凍になるんですが、冷凍障害のおこりやすいおやきが多いことが問題で、冷解凍技術をもっと向上させないと県外には進出できません。これも今回の事業の課題の一つとして、クリアしていきたいですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきの目指す姿...どの郷土食のようになりたいと思いますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">それはやっぱり讃岐うどんでしょう！　四国新聞が讃岐うどんサイトの口コミサイトを作っていて、口コミ情報がきれいに入り込んでいるんです。それを目指しておやき調査隊をつくったんですけど、まだまだ赤ちゃんレベルです。<br />
テイクアウトできたり、手軽に食べたりすることができる郷土食ってあまりないんですよね。きりたんぽ鍋とか、ほうとうとか、ちゃんちゃん焼きとか。郷土食っていわれるものって"お料理"の部類に入ってきちゃうんです。たこ焼きみたいな感覚で食べていただける郷土食としてブレイクできたらいいかな。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきを買いに来るお客さまは女性が多いですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ふきっ子のお八起に来られるお客さまでいえば、今は結構男性が増えましたね。今は女性7割、男性3割くらい。母の時代は1～2割程度で、おじいちゃんが買いに来る場合が多かったんですが、今はご夫婦で見える方がすごく多くなって。会社員の方がお昼に買いに来られることも増えました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─年代は少し高めなイメージがありますが。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">逆ですね、ふきっ子のお八起の場合は。昔うちのお客さまだったおじいちゃんおばあちゃんがお家から出られなくなってしまったりしているので、子供たちがおやきを買って持って行ってあげたり、自分たちでも食べてみようか、と。年代が移行しつつあります。現在では30～40代が圧倒的ですね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきの良いところは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">栄養バランスが抜群です。片手で食べられるから手軽ですし。焼き蒸し、蒸し焼き、揚げ等、作り方もいろいろあるので食べ歩きも楽しいです。<br />

意外に思うかも知れませんが、海外の方が好きですよ。日本はお米文化だけど、海外は粉もの文化なんですよね。だからとっつきが良いみたいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─県内の人に、また、県外の人にとって、おやきがどうなれば良いと思いますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野県人にとってはソウルフードであってほしいと思います。自慢してほしい。県外人には...朝食や夜食におススメです！と言いたい。手軽に食べることができるし、低カロリーで栄養はばっちり。そういうPRができますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今後県外で認知させていくための戦略は？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">とにかくいろいろなところで露出させていかないとダメですね。ずるいようですけど、メディアに乗るのが一番かなと思います。<br />
最近、「良くテレビに出てるわね」、「最近おやきブームじゃない？」といわれるようになってきました。そういう意識を地元の方々も持ち始めているというのは、きっかけ作りとして成功していると思うんです。
同じように、この事業の中で県外の人にもメディアを通じてどんどんPRしていく、その機会を作って、認知してもらうしかないと思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ご自身の店舗はネットショップもあるようですが、反応はいかがですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">お店をPRしていくには第一に良い商品を作りあげることが大切ですが、その商品をPRするツールということでホームページを立ち上げ、ブログも毎朝書いています。そういうことを地道にコツコツと積み重ねている間にメディアの方が取り上げてくださって。頑張ってきた甲斐はあったなと思います。<br />
ネットショップを立ち上げた頃は1ヶ月に5～6件注文があれば良い方だったんですが、今は1日3～4件入ります。3月に中部地方のお取り寄せグルメ番組で紹介されたときは、1日120件！　県外のお客さまが見るツールといったらホームページしかない。サイトを使ってどんどん発信していくことに今はとても手ごたえを感じています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─おやきは長野の食べ物ですけど、県外ニーズもあると。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">3月の番組がきっかけで1回目の注文をくださった方々が、リピートでどんどん戻っています。中部地方からの2回目の注文が今すごいことになっていて、在庫ゼロの状態なんです。
県外の、初めておやきを食べる方に向けて、送料込・全国一律2,100円で12個入りのお試しセットを赤字覚悟で販売しています。それ1回で終わってしまうんだったらこんな赤字のセットは絶対に販売しません。お客さまが戻ってきてくださるという自信があるんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ブログ等で情報発信していく上で気をつけていることはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">誹謗中傷になるようなことは絶対に書かないということです。自分のことはどんなにバカみたいなことを書いても、お店のことやお客さまのことはある程度気を使っていますね。でもそのくらいかな。<br />
お客さまから注意を受けたことやコメントいただいたことを素直にブログにのせると、それに対する反響も結構あるんですよ。「きちんと正直に打ち明けてるのって素晴らしいと思います」とおっしゃっていただいたりして。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─もともとパソコンは利用していたんですか？　今はどのくらい利用していますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">会社員時代は、パソコンがないと仕事ができないような状態でしたので、パソコンには日常的に触れていました。かえって見ないと不安です（笑）。
今は朝3:30くらいから1時間程度、仕事とブログと個人的なメールをしています。夜は帰ってから仕事で30分程度ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─では最後に、今後の目標を教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いろんなおやき屋さんを束ねたサイトを作りたいんです。そこではいろんなおやき屋さんのおやきが同梱で全部買えちゃう。それができたらおやきは数段レベルアップできるし、認知度も広がるんじゃないかなと。先日、おやき事業者さんたちの会議で言ったら現実的な理由で却下されちゃいましたけど、でも絶対にやりたい！<br />
そういうことのためにも組合があったらいいなと思いますね。みなさんから少しずつ出していただいたお金にプラスして、ショッピングサイトの売り上げの何％かを組合の方に還流していただけば、それで運営できると思うんです。組合も潤うし、事業者さんの手間も省ける。実現はいつになるかわかりませんけど（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<p><a href="http://www.shinshu-oyaki.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_21koide3.jpg" alt="信州おやき調査隊｜おやきの人気店調査・口コミ情報サイト" /></a></p>
<br />
<p><a href="http://www.fukikko-oyaki.com/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_21koide2.jpg" alt="ふきっ子のお八起" /></a></p>
]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>

<p xml:lang="en" lang="en">小出陽子[Yoko Koide]<br />
おやき屋<br />
url : <a href="http://www.fukikko-oyaki.com/" target="_blank">ふきっ子のお八起</a><br />
<a href="http://www.shinshu-oyaki.jp/" target="_blank">信州おやき調査隊｜おやきの人気店調査・口コミ情報サイト</a><br />
</p>

<p xml:lang="en" lang="en">
1959年長野市生まれ。長野市在住。高校卒業後28年を経て、母のおやき屋を継ぐため長野に舞い戻る。2006年「ふきっ子のお八起」として開業。2008年「合同会社ふきっ子のお八起」設立。自身がおやき好きでなかった経験から「おやきは野菜を小麦粉で包んだもの」をコンセプトに新しい味のおやきを追求しつつ、守るべき郷土の味も育てている。傍らライフワークとして2005年より自宅にて郷土料理を主とした「小さな和み料理教室」主宰。2008年からは「信州おやきブランド化事業」研究会リーダーとして、信州おやきの知名度向上のため転げ回る日々。長野市食育審議会委員。
</p>
]]>
    </content>
</entry>

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    <title>20 長峯亘</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2009/05/20.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=384" title="20 長峯亘" />
    <id>tag:idnagano.net,2009:/interview//2.384</id>
    
    <published>2009-05-08T01:06:54Z</published>
    <updated>2009-05-25T09:13:29Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Writer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_20nagamine1.jpg" class="interviewph" alt="長峯亘" /></h5>
<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">『走り出したくなるようなモノを作ろう』という信念のもと、さまざまな手法で“表現”を提供するクリエイティブチーム<a href="http://jogga.jp/" target="_blank">jogga（ジョッガ）</a>の代表を務める長峯亘氏。昨年、拠点を東京から長野市に移してもなお、全国区での活動を続けている長峯氏にお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子 </p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─さまざまな手法で“表現”を提供する…具体的にはどのようなことですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ライティング、映像企画・制作、ディレクション、Webプランニング等をjogga（ジョッガ）という屋号でやっています。スタッフが4人いて、それぞれ個人で活動するイラストレーター、コピーライター、ミュージシャン。僕がメインで、クリエイター兼営業みたいな感じです。
それらのジャンルでさまざまな表現を提供していますが、本当にまんべんなくやらせていただいていますね。アニメ、ラジオドラマ、コントなどの脚本を書かせてもらったり、コピーなどライティング全般、Webで流す映像の制作、キャンペーンサイトの提案などです。<br />
クライアントは今はほとんど東京ですが、大阪や京都でもお仕事をさせていただきました。最近だと大きなところで、マクドナルドさんのお仕事もさせていただきました。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaをスタートしたのは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">一年前ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─前職を辞めるときにはjoggaの準備を整えていたんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">若い頃から「いずれ独立したいな」という思いがあって、なるべく就職したくなかったんです。結構フラフラしていて、バイトしたり派遣社員だったり。そんな生活を数年やっていました。番組のADをやったり、ゲーム会社でアシスタントやってみたり。いわゆるちょっとクリエイティブな仕事を、転々としていましたね。会社に入るよりは自分で勝手にやりたいなと思っていましたけど、現実はそうもいかないので、フラフラしてる自分を見かねた友達が「うちの会社受けてみたら？」と（笑）。それがスポーツ専門放送局でした。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─スポーツ専門放送局ではどんなことを？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">番組編成や放送運行、番組企画などを担当していました。とはいえ「人が足りないからWebやってみない？」、「フリーペーパーが流行っているからやってみない？」といった、部署なんて関係ない、ごちゃごちゃな時代があって。会社という組織にいながらみんな独立して動いているという雰囲気がすごく楽しかったんです。Web、モバイル、フリーペーパー、番組ディレクター等、さまざまな経験をしましたね。でも数年前に合併など色々とあって、ちゃんとした人が増えてきた頃から、なんか普通の会社になっちゃったなぁって（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─独立に踏み切るきっかけは、何かありましたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">タイミングがバチっと決まったんです。ずっとサラリーマンをやりながらいつ独立しようかと思っていたんですが、やっぱり日々の仕事があるじゃないですか。<br />
部署の移動があってバタバタと忙しくなって、そのあと不意に2日間ほど何もやることのない日があったんです。奇跡的に。「あ、今だ！」と。友達がwebの制作プロダクションでバイトしていたので「誰でもいいから会わせてくれ」とお願いしました。そのときは特に何があったって訳ではなかったんですけど、翌月くらいに「そういえばライティングの仕事あるよ」と言われて。あぁ、やっぱりタイミングは今だなぁと思って、その直後に辞めました。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaの仕事は、今までとは違う仕事になるわけですよね？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。フリーペーパーで文章を書いていたとはいえ、素人みたいなものですし。ただ、構成作家のバイトをしていたことがあったので、そのあたりの過去の履歴で営業をかけていました。<br />
「こういうことできるの？」って言われたらとりあえず「できます」って全部言ってたんです。「何でもできます」って（笑）。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─独立後の、最初の仕事は？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">とあるモデルさんの、インタビュー記事を書かせていただきました。インタビュー記事なんて書いたことなかったんですけど（笑）。<br />
それっぽく書いたら「面白いね」という話がクライアントさんからあったようで、それからサイトのライティング全般をやってもらえませんか？　という話になりました。良い意味での“はったりの重要性”を感じましたね（笑）。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─その頃には仕事においてjoggaの特徴的なものが出てきていたんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">たぶん、そうですね。プロダクションというつもりは全然なくて、「これってjoggaがやったんだね」と言われるような仕事を1年目から意識していましたね。クライアントさんによってはもっと普通に見せたいということもありましたが「そうであれば僕たちがやる必要はないですね」と強気のこととかを言っていて。<br />
そういうのもやっていたらもっと（金銭的に）潤ってはいるんですよ、やっぱり。それでも「っぽいね」という、あんまり刺さる人はいないけれど刺さった人がぶっ倒れるくらいのことをやりたいねという話を常に映像ディレクターとしていて。<br />
クライアントにとっては扱いにくいと思います。映像ディレクターは前職の同僚で一緒に番組を作ったりしていたんですけど、まぁウケなかった、正直。延々ハトの映像を流して、いつ飛ぶかという超能力番組のような、永遠と土鳩が映っているだけの番組を作ったりしてましたから…。でもそれが刺さるクライアントさんもやっぱりいるんですよね。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─クライアントにやりたいことを伝えるときはどんな感じですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">しゃべっていて自分が笑っちゃう、みたいな（笑）。中身は後付けで、しゃべってクライアントさんを笑わせてる雰囲気ですね。内容は「追々」（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─作品のキーは”笑い”ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">がっつりお笑いみたいなことにはしていないです。「ふっ」みたいな、鈍痛にも似た笑い（笑）ですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaっぽさを大切にしていますが、同時にクライアントからの要望に応じることは可能ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">きちんと対応したいなとはもちろん思いますが、ごちゃごちゃになってつまらないかなと思ったら僕の段階で止めてしまって、クライアントさんととことん話し合いますね。<br />
最初は盛り上げて、そのあとでじっくり話し合っています。電話よりは直接会って。自由にやっているようで遠くにはちゃんと囲っている“サファリパーク状態”はずらさないようにしています。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─“表現”の提供は、ニーズと金額のバランスが難しいのでは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">仕事は言われた金額で、その中でできることをやります。担当者や商品が好きであれば、やらせてもらえればいいかなって。<br />
 “人が好き”というところを大事にしています。見た目が好きだとか、メシ食いに行きたいやつだとか、そういうのが僕の中で重要なところです。<br />
マクドナルドは昔から大好きですが、例えばその担当さんが僕にとって面白いと思えない人だったら、マックの仕事もやっていなかったと思います。どんな人とするかというところが重要。クライアントさんにも爆笑してもらいたいんです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaらしさって、最初からあったものですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">クライアントワークばかりになってしまって、チームでやっている意味があるのかと考える時期がありました。そのときに、みんなで映画を作ったんです。脚本、演出、イラスト、音楽、ナレーション全部チーム内で完結させて。映画祭に出品して4位という比較的良い評価をいただきました。<br />
僕たちが一緒にやることって結局こういうことなんじゃないかと。クライアントワークを一生懸命やりながらも、表現もちゃんと一緒にやっていこうねと確認するきっかけになりましたね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─メンバーはみなさん、仲が良いんですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">普段は全然会っていないんですよ。メンバー同士まだ会ったことのないメンバーもいますし（笑）。
僕が、それぞれのメンバーを人として好きだったんです。たまたまイラストが描けたり、たまたま音楽をやっていたり。だったら一緒にやろうぜ、と。バンドやろうぜ！みたいなノリですよ。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─会ったこともない状態で、クオリティのバランスは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">奇跡なところがあって、何かをみて「これってうちっぽいよね」というメールのやり取りをたまにするんです。「ぽいよね」、「うん、ぽいぽい」みたいな。向いている方向は同じかなという感じがあります。そういったトーンは、僕は総合的に見てるんですけど、間違ってないなと。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─joggaのコンセプト“ウキヒャホーィ！　言いながら走り出したくなるような感覚”とは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">遠足に行くときとか、おじいちゃんに会いに行くときの子供の変なテンションというか、何か知らないけどすげー盛り上がるみたいな。何か知らないけどいい気分になったとか。そういうところを目指しています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長峯さんはどんなときに“ウキヒャホーィ！”と感じますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いろんな人に会ったときですね。何か面白いねって思えたときって、どんな小説を読んだときよりもどんな映画を見たときよりも面白くないですか？　こんな人、いるんだ～って。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─人が好きなんですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そうですね。たとえばお付き合いしている代理店はスタッフが好きだったりとか、結局そこなんですよね。
いろんな人と会いたいと思っているんです。でも実はすごい人見知りなんですよ。34歳で人見知りなんてどうかと思いますけどね（笑）、あんまり得意ではないんです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─去年長野に越してきたということですが、長野を拠点にした理由は？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">家賃が安かったから（笑）。もちろんそれだけじゃないですけど。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─出身は松本市ですよね。長野市に決めた理由はありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">何度か下見に来たんですが、長野市で街を歩いている若者が、とんでもない組み合わせの服を着ているんだけれど何かおしゃれだと感じたんです（笑）。いろんなお店でパーツを集めて、それを組み合わせておしゃれしているんじゃないかなって。工夫している様がかわいらしく思えて、もしかしたらいい街かもねと思えたんです。松本市と長野市で検討していたんですが、長野市だな、と。正解でしたよ。<br />
残念なのはおいしいハンバーガーに出会えてないことくらいです。本当、長野市、いいですよね。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野で活動することのデメリットはないですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">何もないですね。大成功です。去年の12月に引っ越してきたんですけど、ちゃんと仕事するようになったんですよ（笑）。<br />
東京には“東京時間”みたいなものがあって、常にドキドキしていたんです。何か見なきゃ、何かやらなきゃみたいな、分刻みのような感覚があって。明け方まで起きていて、寝て起きたら昼過ぎという、すごく効率の悪い生活をしていました。<br />
長野には“長野時間”がありますよね。コピーライターの秋山晶さんは午前中しかものを書かないと読んだことがあるんです。午後は犬と遊んだりして過ごして、夜にもう一度書いたものを見直して一日の仕事は終わり。そう書いてあって、なんかいいな、と。そういうことをやろうと思う余裕ができましたね。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今の、一日のライフスタイルはどんな感じですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">8時半頃起きてすぐに仕事します。夜は2時、3時ですかね。あ、絶対昼寝をします。昼寝の時間をとりたいから早く起きる（笑）。<br />
仕事は午前中にすべて終わらせるのが理想で、午後はjoggaで何か表現しようという気持ちがあるので、自分の時間にあてたいと思っています。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─情報はどこで収集していますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">本は読みますね。何でも読みます。ひとつのジャンルや作家に特化してしまうと、他のところに宝があるような気がしちゃって。<br />
あとはネットと図書館ですね。最近良く見ているのは企業のプレスリリースです。見ていると流行っているものや流行らそうとしているものがぼんやり見える。おすすめです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、将来の夢を教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もっと書きたいですね。今もそこそこの分量のライティングをさせていただいているなと思うんですが、今まで書くって何だろうなんて考えたことなくて。勢いで書いたものが面白いと言われたりすることもあるんですが、そういうことじゃないんじゃないかなと最近思うようになりました。文章の構成力だったり、編集力だったりという、いろんな要素だと思うんですよね。どの力を強めるとどういう文章になるのかとか…ちゃんと向き合いたいなと。<br />
勢いがある文章が好きなんですけど、勢いだけで書いているようにみせて実はものすごく緻密なプロットの上に成り立っている、みたいなことにしたいです。そのためにはちゃんと向き合わないとダメかなと思っています。<br />
あと、パクられたいです。文章とか、映像のやり方とか。パクられてるなとほくそ笑む（笑）。お手本とか見本ってモンじゃないですけど、自分のものを面白いと思って、また別の形にしてもらうってすごくいいなと思っていて。パクリって言ってしまうと下品ですけど、自分の書いた文章を元にしてこういうことをやっているという人がいると思うとうれしくなるかもしれないですね。

</p>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<a href="http://jogga.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_20nagamine3.jpg" alt="jogga" /></a>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">長峯 亘[Wataru Nagamine]<br />
Writer<br />
url : <br />
<a href="http://jogga.jp/" target="_blank">jogga*創意工夫制作チーム・ジョッガ*</a>
</p>



<p xml:lang="en" lang="en">
1975年長野県松本市生まれ。スポーツ専門放送局を経て、2008年に独立。クリエイティヴチーム・jogga（ジョッガ）主宰。映像・文筆・イラストなどさまざまな手法で創作活動を行う。<br />
高橋酒造『shiritori-ring』（第7回東京インタラクティブ・アワード銅賞）/日本マクドナルド『ほぼ週刊クォーターパウンダーニュース』/ソニーマーケティング『BLUE STADIUM』
など企業サイトでのライティング、プランニングのほか、総合格闘技『戦極』の映像制作、アニメ『JIDOU SPORTS』の脚本など幅広く暗躍中。
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Favorite site</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://tkyw.jp/" target="_blank">トーキョーワッショイ</a></li>
<li><a href="http://www.washizukami.com/" target="_blank">かもめデザイン</a></li>
</ul>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>19 草間淳哉</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2008/11/19.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=370" title="19 草間淳哉" />
    <id>tag:idnagano.net,2008:/interview//2.370</id>
    
    <published>2008-11-11T04:54:56Z</published>
    <updated>2009-05-25T09:13:50Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Web Consultant" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_19kusama1.jpg" class="interviewph" alt="草間淳哉" /></h5>
<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">ユーザー数を着実に伸ばし、オンライン・オフラインともに盛況な動きを見せる長野県地域ブログポータルサイト『<a href="http://www.naganoblog.jp/" target="_blank">ナガブロ</a>』の運営者、草間淳哉氏。物販アフィリエイトで月間売上全国5位獲得の経験を生かし、今春、Webコンサルタントとして株式会社ウェブエイトを起業。11月22日に開催される『<a href="http://www.21cnbc.jp/news/info.php?id=37" target="_blank">WEB MEETING 2008 in MATSUMOTO</a>』ではパネリストとして登場する草間氏にお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『ナガブロ』はとても好調のようですね？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">おかげさまで『ナガブロ』は現在約2500ユーザー、月約390万ページビュー（先月）となりました。ポータルサイトのアクセス数を調べると、長野県では『信毎Web』さんに続いて2番目ぐらいです。1日約400の記事が上がっています。<br />
僕は管理を担当しています。運営者の“色”をあまり出したくないので、誰が運営しているかわかりづらいようにしています。その方がユーザーに楽しんでもらえるので。<br />
「ウェブエイトの草間です」と挨拶しても「？」という人が多いですけど、「ナガブロの草間です」というと「ああ、ナガブロの」と言っていただけますね。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ご自身のWebとのかかわりは、いつ、どんなきっかけで？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">大学を卒業して入社したのが松本市のソフトウェア会社で、当時はパソコンすら持っていませんでした。最後の1～2年はプロジェクトマネージャーとして部下もたくさんいましたが、土日もなく毎日残業。妻が妊娠したときに負荷をかけちゃったんですね。それで辞めて、まったく関係のない医療系の会社に入ったんです。<br />

その会社は定時退社で、給料もガクっと落ちて（苦笑）。SEの時とは正反対で物足りなさも感じていて、モチベーションをあげるためには収入が入るものの方がいいかなと思って、いまから3年くらい前、会社に勤めながら夜な夜な、レンタルブログ（seesaaブログ）でアフィリエイトをはじめました。2005年の10月ですから、スタートは早くはないですよね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─アフィリエイトで成功するまでのプロセスがとても気になります。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">しんどかったですよ？（笑）最初はブログで情報を発信するのが楽しかったんですよね。「今日はこういうことを勉強してこんなことを知った」という普通の日記からはじめて。最初の3ヶ月くらいは、何にも収入なかったです。3ヶ月よく続けたなと思うんですけど（笑）。4ヶ月目ぐらいにやっと千円くらいの収入があって、それが初めて銀行に振り込まれて「わぁ、本当に振り込まれた」と（笑）。<br />
次は1万円くらい、その次は3万円、5万円、7万円…とだんだん増えていって、いつの間にか給料超えるようになっていたっていう。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─どんなブログをやっていたんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">アフィリエイトを初めてやる人にとっては、一週間勉強してブログにすればそれだけでノウハウブログになるんですよね。情報が蓄積されてきたので、初心者向けに『一週間で完成、アフィリエイトブログ」みたいなものを作ったんです。アフィリエイトとは？というブログはあったけれど、初心者向けのものはなかったので、それが当たって。『人気ブログランキング』のアフィリエイト部門で、半年くらい1位になったんです。そのブログだけで30万円くらい稼げるようになっていました。稼ぎ重視でやっていなかったのでいい情報が蓄積されて、そこにアフィリエイトリンクを貼った、という形なんですけど。<br />
以降はいろんなサイトを量産するようになって。作ったブログ数は把握してないですけど、100は下らないですね。ひょっとしたら1000とかはいっちゃうかな？最高で月100万円ちょっとです。今はあまり管理できていないので金額は下がりましたが、収入は入ってきています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─物販アフィリエイトで月間売上全国5位になったということですが、どのような取り組みをしたのですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">普通にブログやってリンク貼って…では、ほとんど（収入は）上がらないです。仕組みを考えなくちゃいけない。勉強がてら、アクセスを集めるためにいろんな情報を書きましたね。話題性があるけれどあまり書いていない情報とか。ネタはRSSをざっとチェックして新しい情報を探して、調査しながら、研究しながら、でした。当時は1日2～3時間やってましたね。<br />
コツは…流行るブログを作ること。お金重視だとコケちゃうんで、いかに見てくれる人に喜んでもらえるかということを考えて、後から仕組みを付ければいい、という感じですね。稼ごう！という感じは見え見えになってしまいます。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─コツをつかんでからは、短時間で思い通りに収入を得ることができますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いや、喜んでもらえるものは一晩では無理なので、結局時間はかかりますね。でもどうやったら喜んでもらえて、自分にも収入が入るか、というのはわかったので、あとは時間をかけて。<br />
10万稼ぐには半年以上かかりました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今は以前ほどアフィリエイトをしていないんですよね？それはなぜですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">当時、物販アフィリエイトでかなり売上を上げていたんです。それこそ月に何百万という売上を。でも間に入っているASP業者に持っていかれると2～30万という収入になってしまうので、それだったら直接企業と契約を結んだ方が報酬もいいし、企業にもいろいろなアドバイスもできる。ということで、フリーでコンサルティングをはじめました。<br />
物販アフィリエイトに力を入れるようになってSEOやSEMに強くなったというか、だいたいこれくらいの検索数でこういったものだったらこういう形でどれくらい売れる、というものが経験値として備わってきて、それが企業に対してのコンサルティングという形でできるようになってきたのです。そこからだんだんアフィリエイトの方はやらなくなっていったんですよね。顔見て話ができるし、売上が上がれば喜んでもらえるし、そっちの方がわかりやすい。コンサルティングは成果報酬なので喜んでもらえたし、他にやっている人が少なかったのでこれをやっていこう、と。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今年の4月に起業されたそうですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">去年9月に退職し、アフィリエイトのノウハウを生かしてフリーランスでコンサルティングを始めたのですが、対企業の案件が多くなってきて株式にした方がいいかなと。今はコンサルティングのみでなくサイト制作も手がけていて、スタッフ3人でやっています。<br />
僕はプロデューサーとしてお客さんの顧客定義から始まって、デザイナーやディレクターにアウトプットして仕上げていきます。納品、メンテナンス等はまた僕の仕事になります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─コンサルティングというと、実績が気になるところですが。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">某そば屋さんでは月20～30万円から2ヶ月で140万円に。某アパレルでは月20万円から半年で100万円という売上を達成しています。<br />

最近は自分でサイトを運営して事例を作っていこうと考えています。在庫を抱えず、受注だけして契約業者に流すシステム。このやり方だと自分で自由にサイトを作ることができて伸ばせます。そうするとひとつ事例ができ、お客様に対しても具体的な事例の説明ができる。コンサルティングだとクライアントが忙しかったり制作に対する知識の問題もあってなかなか伸ばすことが難しいので、自分でやってしまおうと。長野県の製造業もとても良い技術を持っているけれど、下請けが多いので営業があまり得意ではありません。そういうところに対してもひとつ事例をつくりたいなと思っています。なかなか信じてもらえないんですよ、いくら言っても。だったら自分でやっちゃった方が早い。事例を作っちゃえ！と。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─まだまだ長野ではWebを使って効果を出そうという意識の高い人が多いとは思えないのですが、コンサルタントの需要は高まっていますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「ホームページを作ってくれないか」ということからお話がスタートすることも多いですが、その時点で話しますね。「ただ作るだけじゃ意味ないです」とお伝えします。<br />

コンサルティングを求めてくださる方もいらっしゃいますよ。ネットショップは成果報酬制にしているので、それが良かったんだと思います。ネットショップを作ったけれど売上が上がらないというところがほとんどなんですよね。ではどうすればいいか？というときに、さらに固定の追加料金がかかって売れるかどうかわからない、というのは厳しい。完全に成果報酬型というとお客さんも喜んでくれるんです。こっちも本気でやらないと収入上がらないですしね。<br />

もちろん、断る場合もあります。「店舗で売れ残っているから売ってくれ」といわれても、無理です。リアルで売れないものはネットでも売れません。「これを作ったから売ってくれ」という場合も、通常のマーケティングと同じでまず広告を打って知名度を上げていかないと売れません。<br />

最近は『ナガブロ』の引き合いでお仕事をいただくことも多いです。もう『ナガブロ』なしでは生きていけないです（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─その『ナガブロ』ですが、はじめたきっかけは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ブログポータルをやるつもりではあったんですが、まだピンときていなくて（笑）。とある無料セミナーに参加し、そこで“地域ブログ”の話が出ました。「あ、これはやらなきゃいけないんじゃないか」というスイッチが入って、それから急ピッチで進みましたね。3年前にブログを始めて、その1年後には『ナガブロ』を始めるためのLLP（有限責任事業組合）ロングフィールドを設立していましたから。<br />
現在は2人で運営しています。日々立ち上がるブログをチェックして削除したり。縁の下の力持ちという感じです。最近は『ナガブロ弁当』をはじめいろいろなイベントが立ち上がっていますので、ブログ上だけじゃなく、いかにリアルにアウトプットするかが大事だと思っています。こちらから情報を発信したり、逆にブロガーさんたちが集まってくれたり。きっかけ作りみたいなものをやっています。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─バナー広告での広告収入等、運営面での取り組みは？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">正直儲かってはいないです。赤字ではないですがうんと儲かるようなサイトではないです、楽しんでもらわなければ意味がないので。かといってNPOではなく営利団体なので、ある程度の運営費は稼がないといけない。<br />

営業はあまりしていませんが、普通のWeb広告よりも地域密着型で効果が高いと思っています。バナー広告そのもののクリック数というよりも、コミュニティサイトならではの口コミ効果が得られる。最近は広告のお問い合わせも増えています。<br />

また、最近『<a href="http://www.nagablohp.com/" target="_blank">ナガブロホームページ</a>』をはじめました。普通でしたらYahoo!やGoogleといった検索エンジン上からしかアクセスがありませんが、それにプラスして『ナガブロ』からもアクセスがある。以前からそういったお問い合わせがあったんですが、そろそろ大々的にやろうかな、と。結構評判です。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ズバリ、『ナガブロ』の魅力って何でしょう？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">あまりルールを作らずに自由にしていると、普通の人たちが面白いことをしてくれるんです。ゲストブログもありますが、ユーザーみんなが面白い。普通の人たちのブログの方がアクセスも多いですし。<br />

『ナガブロ』はブログポータルというよりはコミュニティサイトです。ブログはあくまでもツールで、そのブログを通じていかにリアルのコミュニケーションを図るかというところが目的です。<br />

『ナガブロ弁当』も8月くらいに始まって10月には販売。お弁当を販売する資格がないので、ナガブロで書いている飲食店の方の協力してもらってそこで作ってもらいました。ミーティングをすれば20代のお姉さんから60代のおじさんまで集まってニックネームで呼び合う。ナガブロをやっていなければ絶対出会うことがなかった人たちですよね。そこからイベントをやったり、商品が誕生したり…それが面白いところです、僕は人と関わることが好きなので。今度は松本の方でスイーツイベントをやろうかという話も出ています。とにかく一般の人の力がスゴイです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『ナガブロ』の今後はどのようにお考えですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いかにリアルにアウトプットするかというところですね。今後のWebの展開でもあると思うんですが、普通の生活とWebが密着して、境目がなくなっていくと思うんです。名刺代わりにブログを紹介したり。『ナガブロ』もそんな形になっていくだろうなと。<br />

『ナガブロ』には広告表示機能でポイントの入る仕組みがあります。例えば楽天の長野県版のようなショッピングモールを作ってそのポイントを使えるようにして、ネットで貯まったポイントを地域のお店に落とし込むとか。美容室等の予約システムのようなものを加えていきたいなと思っていますし、イベント等ももっともっとやっていきたいです。もはやブログではないです（笑）。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─11月22日のフォーラム『<a href="http://www.21cnbc.jp/news/info.php?id=37" target="_blank">WEB MEETING 2008 in MATSUMOTO</a>』開催について教えてください。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">『ナガブロ』もだいぶアクセスは上がっているものの、でもまだ市民権を得るまでにはいっていない。『N[エヌ]』とか、他にもいろいろな良いサイトってあるじゃないですか。だからひとつのサイトで頑張っても意味がないなと思い始めました。みんなに知ってもらうために、そういうサイトが集まったウェブイベントをやりたいなと思ったんです。そうはいっても経験がないので一人では難しい。そこで21世紀ニュービジネス協議会に松本でイベントをやりませんか？と提案して、ご協力をいただき今回実現しました。<br />

ハラさんにもパネリストとして出ていただきます。無料で参加できるんですが、<a href="http://www.21cnbc.jp/news/info.php?id=37" target="_blank">事前に申込が必要</a>ですので参加希望の方はぜひ申込をしてください。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、今後のWebについて、どうお考えか教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">Webはすごくない、と思っています。何度も言っていますが、Webはあくまでもツールであって、いかにリアルに生かすかだと思っています。 </p>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>


<a href="http://www.naganoblog.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_19kusama2.jpg" class="interviewph" alt="ナガブロ" /></a><br />
<br />


<a href="http://www.nagablohp.com/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_19kusama3.jpg" class="interviewph" alt="ナガブロホームページ" /></a>

]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">草間 淳哉[Junya Kusama]<br />
Webコンサルタント<br />
url : <br />
<a href="http://www.web8.co.jp/" target="_blank">株式会社ウェブエイト</a><br />
<a href="http://www.naganoblog.jp/" target="_blank">ナガブロ</a><br />
<a href="http://www.nagablohp.com/" target="_blank">ナガブロホームページ</a><br />
<a href="http://blog.web8.co.jp/" target="_blank">Jun8Style</a></p>



<p xml:lang="en" lang="en">
昭和52年8月26日生まれ。<br />
<strong>2001年</strong><br />
大学卒業後ソフトウェア会社に入社。十数人を従え、プロジェクトをまとめる。<br />
<strong>2005年</strong><br />
アフィリエイトを始める。Webマーケティングにのめり込む。<br />
<strong>2006年</strong><br />
1年あまりで、月間売上全国5位達成。2年あまりで収入は月間100万に達することも。<br />
<strong>2007年</strong><br />
長野県地域密着型ブログコミュニティサイト「ナガブロ」を立ち上げる。<br />
<strong>2007年</strong><br />
地元が好きで地元の企業に貢献しようと、アフィリエイトで培ったネットマーケティングのスキルを生かし、フリーのWebコンサルタントに転身。<br />
<strong>2008年</strong><br />
株式会社ウェブエイト設立。Webコンサルティング・Web制作を軸に事業展開。
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Favorite site</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://business.nikkeibp.co.jp/nmg/premium/index.html" target="_blank">日経ネットマーケティング プレミアム</a></li>
<li><a href="http://web-tan.forum.impressrd.jp/" target="_blank">Web担当者Forum</a></li>
<li><a href="http://kizasi.jp/" target="_blank">kizasi.jp:ブログから、話題を知る、きざしを見つける</a></li>
<li><a href="http://www.n-sns.jp/" target="_blank">N [エヌ] </a></li>
<li><a href="http://youkoso.city.matsumoto.nagano.jp/" target="_blank"><a href="http://www.web8.co.jp/" target="_blank">新まつもと物語</a></li>
<li><a href="http://digikura.jp/" target="_blank">信州デジくら</a></li>
<li><a href="http://matsumoto.keizai.biz/" target="_blank">松本経済新聞</a></li>
</ul>
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
2008.11.22<br />
<a href="http://www.21cnbc.jp/news/info.php?id=37" target="_blank"><strong>WEB MEETING 2008 in MATSUMOTO</strong></a>で、講師とパネラーを務めさせていただきます。<br />
<br />

<a href="http://www.sbc21.co.jp/radio/matsutama/" target="_blank"><strong>SBCラジオ マツモト魂のネットショップコーナー</strong></a>に出演中</p>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>18 大本あかね</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2007/12/18.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=340" title="18 大本あかね" />
    <id>tag:idnagano.net,2007:/interview//2.340</id>
    
    <published>2007-12-27T11:36:06Z</published>
    <updated>2007-12-27T11:39:35Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Web Director" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_18omoto1.jpg" class="interviewph" alt="大本あかね" /></h5>
<div class="profile">
            <p xml:lang="en" lang="en">ウェブ制作者・ウェブ担当者・ウェブサイト運営者のための短期集中型ウェブ専門の学習塾、<a href="http://all-web.org/" target="_blank">allWebクリエイター塾</a>を主催する大本あかねさん。長野でも、NPO法人長野IT化推進センターで全5シリーズにわたり<a href="http://www.nitpc.org/webcreator/index.html" target="_blank">Webクリエイター養成講習</a>を開催し（最終回のWebマーケティング講座は2008年1月19日に開催）、地方でも積極的な開催を展開しています。Webクリエイターを養成するという視点で業界に寄与されている大本さんに、これまでの経緯や今後の展望についてお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─大本さんのこれまでの経歴を教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">地方のパッケージデザイン会社に勤めていましたが、1995年頃にウェブに興味を持ち独学で勉強しはじめました。その頃に知り合ったウェブデザイナーに「デザインのいろは」を勉強させてもらいました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─なぜallWebクリエイター塾をはじめようと思ったのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">2003年の暮れに女性だけをターゲットにXOOPSを教える勉強会を開催しようと思ったのがきっかけです。その頃はCMSが注目され、XOOPSも同様に注目されていました。オープンソースで書籍も出ていたりするのですが、サーバーの環境などによってはスムーズにできないこともあり、慣れるまではちょっと敷居が高いものでした。
<br />
当初友人のウェブデザイナーと一緒にはじめたのですが、女性2名での講師ということもあり、またプログラム系は男性が強いイメージがあったので教えるのは女性限定にし、寺子屋的な感覚を入れて“塾”という名称を付けました。その頃のYahoo!の表示順序も意識して、はじめに「a」をつけ「all女性XOOPS塾」を誕生させました。
<br />
今の「allWebクリエイター塾」に変更したのは、Web標準でのサイト制作に焦点を定めたのと、男性の参加希望も多かったので面影を残しつつ改名しました。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─どのような講座をやっていますか？講師はどのような方ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">単発講座になっていまして、1日でマスターできるように構成しています。私自身に短期間で効率よく勉強したいという気持ちがあったので、このような構成にいたしました。
<br />
講座の内容はウェブ制作者が必要なスキルに限定しているのですが、今ではバラエティに富んでいます。基本は「XHTML+CSS」「SEO対策」「Webディレクション」「アクセス解析」などを行っています。
<br />
今後は、ウェブ制作者という大きな括りでなく、ある程度限定したユーザーごとに必要なスキルが学ぶことができるように、より深い内容を行っていく予定です。
<br />
講師は現場で実際にプロとして活動されている方に依頼しています。またその中でも現場のノウハウを出していただける方で、なおかつ教える力を兼ね備えた方に依頼しています。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Web講習のスタンスはどうでしょう？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">
基本的に、「現場で役立つ内容」や「持ち帰って使える内容」を組み込んでいます。ウェブの勉強ってウェブ上の情報だけでは解りにくい事や、リアルで教えてもらうと簡単な事ってたくさんあります。講師の方々が何日もかけて勉強した内容や現場でのノウハウを講座の内容に集約して教えていただいています。
<br />
気をつけている点として、単発の講座なので、どんな立場の方が入ってもわかるように体系的に構成している事と理解するために必要な知識や現場で役立たせるためのスキルが身に着くようにしています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webといっても範囲がかなり広いですよね。テーマを選ぶ基準はあるのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">
基準は自分でしょうか？受講生の方にも「自分が勉強したい事を講師に依頼して教えてもらえれば良いからいいね！」的な事を言われたことがあります。まさにこれで、自分が勉強したいと思っている事なんでしょうね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ひとつのテーマを定めて講習を開くまでに、結構時間がかかるのでは…</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">オファーしてからの返事などもあるので講座によってさまざまですね。でも、実は私から積極的に講師依頼をした事ってあまりないんですよ。意外と講師をやりたい方ってご自分からでもPRしてくるので（笑）。
<br />
ちなみに、平均開催まで3ヶ月～半年くらいはかかってしまいますね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─受講者の反応はいかがですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">大多数はご満足されて帰宅されます。その証もあってリピート受講される方が講座によっては過半数を上回ります。実際そのための努力もしていますが…。
<br />
でもその半分の方が持ち帰って本当に使ってもらっているのか？意識が下がってないか？などちょっと心配になる反面もありますが、アンケートでの感想が良いので良いのかな？と思っています。そのために「SwapSkills」という勉強会を1ヶ月に一度のペースで行っています。長野でも同様のことが言えると思うので、id=Naganoさんと長野IT化推進センターさんと一緒に勉強会などの企画ができればと考案しています。
<br />
あと、良く言われるのが「アットホーム」だねって。ネットだけでは解らない伝わらないのがこのあたりなのかも知れません。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─allwebの講座は、いま長野でもシリーズで開催されていますね。地方開催について、具体的にはどんな場所で、どのような思いから開催しているのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">2003年当初でも「地方での開催はないのか？」などの話を受けていたのですが、実は会社勤めをしていたので、なかなか開催に焦げ付けなかったのが現状でした。<br />
独立した頃に長野の団体（長野IT化推進センター）様から依頼をいただき、2007年度はシリーズ化して講座を行っています。id=Naganoで編集などをご経験されている方が東京の講座に受講されたこともあり、長野での講座をid=Naganoのサイトで告知をしていただいたり、さらには長野の講座にも受講していただいたりと大変お世話になっています。<br />
2008年からは北海道、関西での開催を予定していて、地方の方とも交流を深めてウェブ標準やウェブの活用方法などの浸透を目指しています。どこに行ってもはじめのスタンスと同じように、勉強したいと思っている方のお役立てができればと思っています。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─東京と長野の受講生の違いはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野の講座を主催されている長野IT化推進センターさんでも良く聞かれる事なのですが、東京と地方での温度差は思っているより差がないように思います。<br />
確かに、東京ではパイが違うので優秀な方はたくさんいますが、全体的に差があるかといえばそうでもないように思います。事実、今回の長野の講座に参加された方は意識が高く、がんばっている方ばかりでした。逆に東京の方がいつでも受講できるなどの気持ちの余裕がスキルアップをさせていないように見受けられます。地方では東京ほどセミナーが多くないため、情報に乏しいとは思いますが、その分意識が高いのかな？と感じました。<br />
ちなみに長野の感想ですが、思っていたより魚介類もおいしく、受講生からいただいたりんごのおいしさや新幹線のホームの立ち食いなのにも関わらず、普通においしい蕎麦。なんと言っても東京では味わえない空気の綺麗さは格別です。長野は何度か足を運んでいるうちに、歳を取ったら住んでみたいと思えた良い街です。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございます（笑）。さて、今後やっていきたいことや、開催予定のテーマはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">今後は地方への展開を考えています。allWebの信頼と多くの人にallWebを知っていただくという事ですね。
<br />
テーマとしては、『今ある財産（知人）から新たなる信頼を築く。』です！<br />
かなり硬いですが…講師を中心に現在allWebを支持していたいだいている方に本当に感謝しています。支持していただいている方の期待に応え、allWebと多くの皆様の新しい出会いを広げていきたいと思っています。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─どんどん広がっていくといいですね。少し視点を変えて、大本さんの視点で、Webクリエイターに大切な要素は何だと思いますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">講師の方にも話を良く話しをするのですが、求めていることを汲み取る姿勢が大切だと思います。<br />
クライアントの応対はディレクターの仕事と思っている人は危険ですね。同じプロジェクトを組む上で完成作品の共通意識がなければ良いものなど生まれないからです。ですので、例えFlashクリエイターでもクライアントの要望を表現できるように汲み取る姿勢を持つべきです。<br />
どの仕事でもそうですが、業界では一般的な事を横並びで伝えても理解してくれません。クライアントの駄目だしなどをする事よりもクライアントが理解できるように話をする・教育する必要があるのだと思います。<br />
フリーの方は特にそうですが、提案・制作するにはそれなりの時間がかかるのでビジネスライクにする所はきちんとして、かつ落ち度のないようにすることも必要ですね！<br />
あと、大切な要素としては「強みを持つ」事です。ウェブクリエイター、デザイナーといっても行う業務は幅広くなっています。塾の講座もカリキュラムがこんなに多いのは必要なスキルが多くあるからです。一通りの知識を習得することも必要ですが、その中で自分だけができる事、得意な事を作っておくことが必要だと思います。可能であれば、信頼の置けるスキルを持った仲間がいれば尚ベターですね！

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今まであった人の中でこの人すごい！という人はいますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">たくさんいて書けないですね(笑）。最近は若者のがんばりに感銘を受けていますが、やっぱり初めて会ったウェブデザイナーさんが衝撃的ですね。初恋が忘れられないというのと同じかもしれません。（ちなみに、そのウェブデザイナーさんは女性です。）
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Web業界全体を見渡して、何か感じていることなどありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">インターネットが一般化され便利になっていく一方で、文字だけでは感情が伝わりにくく、間違った認識をしてしまうことって良くあります。社会的にはイジメや中傷、さらには炎上なども切っても切れないのがネットです。
<br />
ネットだからこそ見えてくる事実もあると思いますが、相手が見えない状態なのにも関わらず経験を積んだ方と積んでない方の言葉の重みが一緒くたになっている感じがあります。私たちウェブ制作に関わっている人はこれらの事まで想定して制作をする必要があるのだと感じます。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Web業界で注目している動きは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">携帯ですね！i-phoneみたいなインターフェースの携帯も誕生するとか？今までワンソースマルチユースと言っていた事がより実現化されるのかな？とちょっとだけ期待しています。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webはこれからどうなっていくと思いますか？　どうなったらいいなと思いますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">どうなんでしょうか？
<br />
セカンドライフがリアルと結びつくとかなり変化があるのかもですね。いずれはバーチャルとリアルの融合が実現する時代は来るのだと思いますが、私自身は特別そうなってほしいとも思っていません。
<br />
ウェブが進化してもそこで何を提供するのかは人間が考えることなのだと思います。ウェブの技術的な進化を求める事よりも現実にウェブをどのように利用するのかをひとつひとつクリアする事が大切なのだと思います。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─プライベートではどんな風にWebを利用していますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">みんなと同じだと思いますよ。調べ物をしたりSNSしたり、音楽をダウンロードしたり。英語が話せれば海外の人とSkypeしたいですね！時間とお金の余裕ができれば旅行伝記的なサイトも作りたいですね！
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>
]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">大本あかね [Akane Omoto]<br />
Web Director<br />
url : <a href="http://all-web.org/" target="_blank">allWebクリエイター塾</a></p>

<p xml:lang="en" lang="en">
愛知県出身<br />
大学卒業後、地元のデザイン会社でデザインを勉強<br />
その後、ウェブに興味を持ち専門学校でJSPを学ぶ<br />
大手ウェブ関連企業でウェブデザイナー兼ディレクター<br />
現在に至る
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Favorite site</em></h2>
<p>基礎講座でもご紹介しているのですが、<a href="http://www.happycog.com/" target="_blank">HappyCog</a>(Jeffrey Zeldmanのサイト)は全てのウェブデザイナーに 参考にしてほしいです。</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en"> <a href="http://www.nitpc.org/webcreator/google_ana.html" target="_blank"><strong>Webクリエイター養成講習　Webマーケティング講習</strong></a><br />

2008年1月19日　長野IT化推進センターで「アクセス解析」の講座を行います。私がお付き合いしたウェブコンサルタントの会社の中でとても真摯にお仕事をされている会社さんで、取締役をされている竹内さんに講師をご担当いただきます。基礎からウェブ制作が知っておくべきアクセス解析の方法、視点を身に着けられる内容になっています。</p>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>17 村松弘敏</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2007/11/17.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=336" title="17 村松弘敏" />
    <id>tag:idnagano.net,2007:/interview//2.336</id>
    
    <published>2007-11-25T23:40:15Z</published>
    <updated>2007-12-04T08:40:56Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Photographer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_17muramatsu1.jpg" class="interviewph" alt="村松弘敏" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">長野市でフリーカメラマンとして活動されている村松弘敏氏。いち早くデジタルカメラを導入し、電塾でも運営委員をされるなど新しい技術を積極的に取り入れる努力を惜しみなく続けられています。一般向けの高性能なカメラが安価に手に入る時代に、プロカメラマンとしてどう向き合っているか、また、現在の活動などについてお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano　写真／瀧内 貫</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─カメラに触れたきっかけ、また、カメラにはまったきっかけを教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">たまたま家にあったんです、父親が持っていたニコンFが。それがきっかけですね。一番最初に写真を撮ったのは幼稚園くらいだと思います。
<br />
実際に写真を撮り始めたのは中学校以降です。その時は「表現したい」という気持ちは全くなくて、単純に「カメラがあったから」です。持っていたカメラは私が生まれた頃に買ったものだったので古くさくて嫌だったんですが、たまたま顧問の先生から「すごくいいカメラなんだよ」と教えてもらって。それからですね。
<br />
思ったように写らないという思いから、雑誌を読んだりと研究をするようになりました。中学時代は視聴覚クラブでしたね。高校は写真部が休部だったので復活させて、所属していました。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─カメラマンという職業を意識し始めたのは？　この仕事にはどのようにして就いたのでしょう？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">高校に入ってからですね。その頃、時代的に写真ブームでした。フライデーなどの写真週刊誌が創刊された頃ですし、アルファ7000等が発売となり、カメラ業界が盛り上がっていました。
<br />
進学するにあたって、写真を撮ることを仕事にしたかったんですが親を説得することができず、東京工芸大学工学部写真工学科といって、レンズやフィルムを勉強する学科に入学しました。でも実際に写真を撮る授業は一年に一度程度しかなくて、実験や難しい話ばかり……。卒業しましたが、やっぱり撮る方をやりたくて、アルバイトしながら夜間の二年制専門学校に通いました。
<br />
二年になった時に、青山スタジオというレンタル撮影スタジオでアルバイトをするようになりました。そのまま就職して、24〜25才頃、そこで出会った杉山芳明というカメラマンに声をかけられ、アシスタントにつきました。そこで三年半ほど過ごしてから、長野にきました。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─なぜ長野に戻ってきたんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">東京ではアシスタントとしてですが、良い現場を見ることができました。杉山さん自身ビッククライアントの仕事を多く手がけていましたし。けれど「何か違う」というものをすごく感じていて、技術的なことには興味を持てなかったんです。
<br />
私の通った専門学校は、いわゆる芸術写真の学校だったんです。当時、重森弘淹（故人、写真評論家）が校長をやっていた東京綜合写真専門学校というところで、どちらかというとコマーシャル等の写真には否定的でした。自分も芸術写真の方に入り込んでしまっていたので、仕事の写真は「すごくつまらない写真撮っているなぁ」と思っていたんです。
<br />
実家に戻って、コマーシャル写真の仕事に携わることができるとは思っていませんでした。たまたま縁があり市内のコマーシャルスタジオを紹介してもらって、そこに12年勤めました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─「何か違う」と感じていたのに、カメラマンの仕事を続けることに抵抗はなかったのでしょうか？　その後、意識の変化はありましたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">趣味の、自分の写真は撮り続けていました。当時、仕事の写真はちょっと下に見ていたんです。しかし、ある撮影の時に、デザイナーが並べた通りに撮影した後、もっと良いものがあると思って同じものを窓際で撮りました。クライアントが求めている写真が一番良いわけですが、自分の中の表現で撮影した写真が意外と評判が良くて、私が撮った写真で人に喜んでもらえるんだと、その時に感じたんです。それから物撮りとかも面白くなりましたね。気付くのが遅いんですけど（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事の写真も面白いと思えるようになって、独立なさったんですね。具体的なきっかけはありましたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">子供のお宮参りの時に、写真館で写真を撮ってもらったんです。知人のカメラマンで、すごく体調が悪くて仕事もしていなかったんですが、そんなこと知らずにお願いしたら引き受けてくれました。
<br />
コマーシャルのカメラマンはかなりのコマ数を撮るけど、写真館のカメラマンは撮っても3、4カット程度。体調も悪いので休みながらの撮影でしたし、正直「これで大丈夫なのかな」って思うようなものだったんですが、送られてきた写真のできがすごく良かったんです。初めて写真を撮られる立場になって、果たして自分の撮っている写真は人のためになっているのか？とすごく考えまして…それがきっかけですね。

<br />
仕事の写真においては「写真がいいね」と言われるより、「写真のおかげで売上げがあがった」とか「評判がいい」と言われる方が私としては嬉しいんです。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『日和*hiyori』の表紙でポートレートを撮影していますよね。雑誌の表紙だとロゴが入ったりしますが、そういうものは意識して撮影しているんですか？　また、撮った写真をデザイナーが料理していくことについて、口を出したくなりますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">意識はもちろんあります。一番最初に撮った時「ロゴを入れるところがない」と非常に怒られまして（笑）。自分ではロゴを入れるところを意識して空けているつもりなんですが、人物の場合どうしても寄ってしまうので。
<br />
写真の使い方に関しては、基本的には任せます。ただ、前もって言ってもらった方がいいです。こういう撮り方がある、と提案もできますし。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ディレクター的なことを求められることはありますか？　都会と比べ、地方ではひとりで複数の役割を持たなくてはいけませんよね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">『日和*hiyori』の表紙の場合は、撮影場所以外何も決まっていない場合が多く、どういう風に撮るかは基本的には私次第です。前号は寄っていたので今回はひきましょうか、という程度の意見はもちろんあります。
<br />
複数の役割を負担することは抵抗ないですね。
<br />
地方だから写真のレベルが低いとは思っていません。確かに、人の関わり方は違うとは思います。東京だって、すごい仕事もありますがそれはほんの一部で、今地方で仕事している私たちと同じような仕事をしている人もすごくたくさんいるのかなと感じています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─人物撮影する時の、被写体との距離感やコミュニケーションのコツはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">口で撮る（しゃべりながら撮影する）人が多いですが、自分はあまりしゃべらないですね。基本的に、きれいに撮るということはそんなに難しいことではないと思っています、テクニック的には。
<br />
自分としては、いつもと違ったところを出してあげたいな、という思いはあります。メイクって自分のクセがあるから決まった顔になりがちですけど、メイクさんにメイクしてもらうときれいに仕上がる。それと同じことかもしれないですね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─写真で表現することにおいて、こだわっている点はありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">コマーシャルの場合は、クライアントの求めるものをきちんと理解できるか、ですね。抽象的な言葉で表現される場合も多いですし、撮影現場では細部にこだわりすぎて、本当に表現しなくてはいけないことを忘れがちになります。ほかにはテクニック的なことですが、例えば料理の撮影でランチなのかディナーなのかで撮り方や照明も違いますし、たくさん販売したいとか、高級感を出したいとか、そういうものでも違います。時代感とか、今感とか、そういうものも求められますしね。そういうものを把握するために何か特別な勉強をしているわけではないです。肌で感じるものだと思うので。

<br />
自分が趣味で撮る写真は、好きなようにやっています。できるだけ撮るようにはしてますね。以前は“作品は作品であるべきだ”と考えていたんですけど、最近はあまり気にしていないんです。（高飛車な意味ではなく）俺が撮ったから俺の作品なんだよ、というような感じ。昔ほどとんがっていなくなったのかな。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─WEB用の写真の需要は増えていますか？　紙との違いは意識されているんでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">基本はまだ紙ですが、WEBでも使うことが多いです。紙とWEBでは、処理が違うということはありますが、撮影自体は変わらないです。ただ、小さくなる場合が多いですよね。最近はWEB上で拡大して利用する場合も多いので、高い解像度が要求されたりもするようです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─自分の写真をWEBで公開することに抵抗はないですか？　カメラマンにとってWEBはどういう存在なのでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">全くないです。むしろやらなくてはいけないと思っています、営業的にも。個人作品として、WEBで作品を公開することにも、全く抵抗はないですね。<br />

ホームページで写真の受注をしているところもたくさんあるじゃないですか。そこまでやるつもりはないんですが、名刺代わりという部分はあるので、やらなくてはいけないですね。最初に仕事に行く時にはブックを持って行きますので、まだクライアントからサイトを見せてくれと言われたことはありませんが。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─デジカメが普及して、一般人でもかなりいいカメラを持っています。プロとアマチュアの違いって何ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">例えば、自分でスノーボードをやっていて、スノーボードが好きで撮影している人には、私はとてもかなわないです。感じ持っているものだったり、スノーボーダーが何を求めて、どういう写真がかっこいいと感じるのかということをすごくわかっているから。そういうものを、私たちは撮れないんです。
<br />
仕事の写真におけるプロとアマチュアの違いは、きちんとものを正確に表現できるかどうかだと思います。
<br />
現在、カメラマンの需要は少なくなってくるとは思います。ハードもソフトも良くなってきていて、撮影した写真を後処理で整えることができるようになってきていますから。お金を払って写真を発注していただけるようになるかどうかということが、これから写真で生計を立てていくためには必要なことだと思います。それはすごく意識しています。下手したら、使っているカメラ、一緒ですからね。そういうのもあって、バックタイプのデジタルカメラを導入した、というのもあります。バックタイプの画像は次元が違うくらい画質が違いますからね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─仕事における撮影はクライアントから被写体を指定されることが多いと思いますが、個人的に今後撮りたい被写体はありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">今住んでいるところをちゃんと撮りたいという気持ちはあります。写真は都市文化だから、東京とか、パリとか、ニューヨークでしか成立しないものだという先入観がありました、10年ほど前まで。1995年に、学生時代、お金がなくて行かれなかったパリ写真月間にいきました。写真を見ながら街をまわっていくうちに、写真を表現として伝えることは長野でもできるんじゃないかと気がついたんです。考え方が変わって、吹っ切れましたね。
<br />
長野は風光明媚なところが多いので写真を撮っている人は多いですが、そういう写真ではない街の写真を撮りたいですね。少しずつ撮り始めてはいるんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、村松さんが運営に携わっている電塾について教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">5年くらい前に独立してすぐ、デジタルカメラを買いました。Photoshopは前の会社でもバージョン3くらいから使っていたので、結構古いです。ただ当時はデジタルカメラがなくて、フィルムをスキャンしていたんですが、それが嫌だったんです。カメラマン的にいうと、ポジの段階は完成形だからそれをいじるという感覚がわからないし、やりたくなかった。だからPhotoshopはほとんど使っていなかったんです。
<br />
前の会社時代からデジタルカメラを早く入れた方がいいというのは感じていたので、頼んで導入後、そのカメラで撮影された画像を見てから可能性というか、たとえば、古いレンズの味も処理することによってデジタルカメラで表現できちゃうのかなと思ったんです。それからかなりデジタルにはまりました。
<br />
独立して初めて買ったカメラがコダックのDCS760でした。導入の決め手はドライバーソフトの出来の良さでした。さぞすばらしい画像が出るかと思ったのですが、当時の画像はPhotoshopでの処理が必須だったんです。一日撮影すると夜寝ずに画像処理をしていましたね。若いうちは良いけど、これを続けていたらいつかは体を壊すなって思いました。
ただ、周囲に比べるとデジタルカメラの導入が早かったので、画像処理の自信はありました。
<br />
たまたま長野で電塾の勉強会があって参加したら、高いと思っていた自分のレベルが全然昔のレベルで、もっと楽できる方法があるということを教えてもらったんです。初期段階はすごく勉強していたんですが、ある程度になると力がついたと思い込んでいただけで、全然そんなことなかったんです。電塾は毎月やるというので、毎月勉強に行くようになりました。長野でやり始めて3、4回目から参加しています。勉強会の内容はガツンと頭叩かれたような感じでしたね。そのうち運営委員をやれということになった、という感じです。
<br />
毎月勉強会を開催していますので、興味があったらぜひ参加してみてください。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<img src="/interview/img/i_17muramatsu2.jpg" class="interviewph" alt="村松弘敏" />]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">村松弘敏 [Hirotoshi Muramatsu]<br />
Photographer<br /><br />
url : <a href="http://muramatsu-photograph.com/" target="_blank">村松弘敏写真事務所</a><br />
<a href="http://www.denjuku.gr.jp/nagano/" target="_blank">電塾長野支部</a></p>

<p xml:lang="en" lang="en">
昭和39年：長野市生まれ、新潟県妙高高原で育つ<br />
昭和57年：東京工芸大学　工芸部　写真工学科（現　画像工学科）入学<br />
昭和61年：東京綜合写真専門学校　第２学部　入学<br />
昭和63年：青山スタジオ　入社<br />
平成元年：杉山芳明写真事務所　入社<br />
平成 3年：（有）アドフォート・トリム　入社<br />
平成14年 5月：同社退社　現在に至る
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">主な撮影分野</em></h2>
<p>ガッチリとした商品撮影が得意。宝石から、人物まで、かなりオールマイティに対応します。短時間で大量の撮影にも臨機応変に応えます。特にモデル、人物撮影は現在長野で活躍する、どのカメラマンより場数を踏んでいると自負しています。
ロケからスタジオ撮影まで、幅広い撮影ニーズに応えます。</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">今までの主な撮影した被写体</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
レストランメニュー、会社案内、ホテル季刊誌、政府刊行物、社内報表紙、企業ポスター、百貨店DM、チラシ、ギフトカタログ、パンフレット、雑誌表紙等</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Digital</em></h2>
<p>6年前から仕事上にデジタルカメラを使用。phase one製2200万画素デジタルカメラを導入。デジタルでの入稿にも数多くの経験を積んでいます。デジタル写真での印刷をはじめ、WEB上で使用するなど、疑問点、お問い合わせなどお気軽にご連絡ください。</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>16 扇田孝之</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2007/10/16.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=328" title="16 扇田孝之" />
    <id>tag:idnagano.net,2007:/interview//2.328</id>
    
    <published>2007-10-03T11:12:25Z</published>
    <updated>2007-10-04T05:10:51Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="地域研究家" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_16oogida1.jpg" class="interviewph" alt="扇田孝之" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">東京から大町に移住して30年間。ご自身の体験を基に田舎暮らしについてまとめ<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4768469221/idnagano08-22" target="_blank">『素朴だけでない　田舎暮らしの馴染み方』</a>を出版した扇田孝之さん。現在も大町市簗場にて山荘を営みながら、長野・東京・海外と幅広く活動し続けています。人・情報・地域と多様なネットワークを培った扇田氏ならではの広い視野と観点から、長野について語っていただきました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano　写真／瀧内 貫</p></div>


<p xml:lang="en" lang="en"><em>─扇田さんについて教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">東京生まれの東京育ちです。1978年に大町市の簗場というところに住まいを移して、それ以来ずっとここで暮らしています。高校二年生の時に「学生村」の制度を利用してたまたまこの地を訪れたのですが、この場所も宿泊していた民宿も気に入って、７年ほど、毎夏通いました。大学院に入ってから、じっくり腰を据えて地域社会の在り方をを研究してみたいと思って、１年間この地域で生活を始めました。そしたら近くに別荘地が開発されると聞いて、友達や知人をまわって一口20万のお金を700万程度集めました。来たら泊めてやると（笑）。親や銀行からお金を借りて今の山荘をつくって、それを糧にしました。その間、東京で短大の先生をやっていたのでここから通ったり勉強会や研究会に出たり、山荘の経営をしたり、という具合です。<br />
<br />
短大講師は１年でやめて、それから２年ほど、今まで得た知識は一度全部捨ててしまおうと思って専門書の類は一切読まないことにしました。テレビも見ず一日中ラジオを聞いて、それで地名や地域など、何となく長野の地理などがわかってきました。夏と冬の観光客だけでは生活も充分ではないということもわかり、地元で生活していくための基礎体力と筋肉をつけなければと、山林労働、やプロパンガスの配達の日々
。<br />
<br />

その頃、一つの転機がありました。僕は憲法学と法律哲学の勉強をしていたのですが、憲法学会に所属する若い講師や助教授が「扇田さんは信州の涼しいところにいるんだよね。夏合宿をやりたい」と言ってきました。日本中の大学から憲法学者が70～80人集まり、4日間ほど我が家近くのホテルで研究会を開きました。それを聞きつけた信濃毎日新聞の方が取材にきて、僕の経歴を知って、何か書いてくれませんかということになった。それが切っ掛けとなって、文化欄で足掛け5年ほど連載をするようになりました。<br />
<br />
一方で、白馬村に当時『小さな村の壮大な選挙戦』ということで全国的に話題になったことがあるのですが、当選した横沢裕さんという村長が友人の教え子だったということで、個人的な付き合いができました。そんな頃、友人のスキー好きなフランス人女性の外交官が日本に赴任してきた。「信州にスキー場ある？」というので我が家に来たのですが、「こんな小さなスキー場じゃやる気しない」という（笑）。そこで、白馬の八方を紹介しました。<br />
彼女は八方のスキー場を非常に気に入り、シーズン何回となく訪れました。二年の赴任を終えて帰る時に「せっかくだから面白い交流をやりませんか」という話になりました。アヌシー（オートサボア県都）という街で、冒険の記録を主題にした映画祭を始めるという。どちらもスキーと登山が盛んだし、交流してみたらということで、国際冒険映画祭を白馬とフランスで交互でやることになりました。僕が日本側のプロデュースを担当し、85年から96年まで行いました。<br />
<br />

このような経緯で、地域社会とはいったいどのようなものか、国際交流はどういうもので、パートナーになるとはどういうことだとか、そういったことを実践しながら今日に至ったわけです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─扇田さんの著作『素朴だけでない　田舎暮らしの馴染み方』に出てくる象徴的な言葉「時速4キロの文化と時速50キロの文化について教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">一冊にまとめようと考える中で、どこにいても最先端の情報が瞬時に入ってきて、農業主体の国ではなくなってしまった今の社会において、旧態依然たる、「都会・田舎」という切り口では「地域」のあり様が上手く説明できない。いったい何だろうと考えていたころ、観光関係者が「これからは人間性を取り戻すんだ」とか「癒しの場だ」と言い出し、“歩くスピードで楽しめるまちづくり”というのが大事なのではないかという話が出てきました。それが要するに時速4キロの文化なのですが、歩くだけの楽しみの一方で車があり、最先端の文明の利器もたくさんある中で、ただ昔のようにすればいいのか…それがひとつのヒントになりました。<br />
<br />
500万年前から今日まで延々と続いてきた時速4キロの文化というのは、人間が動物である限り変わらない、永遠に続くものです。 18世紀以降何が一番大きく変わったのかというと、機関車のような動物としての人間の能力を遙かに凌駕するスピードや、何トンもを持ち上げる文明の利器などができたことです。現代は、そうしたすばらしい機器類を僕達庶民が普通に稼いでいるお金で自由に使える時代になった。これが時速50キロの文化を蔓延させたのです。<br />
ですから、これからは「時速4キロの文化」と「時速50キロの文化」との共創（きょうそう）の仕方を考えていくことが重要なのではないかと。時速4キロ、50キロという切り口は、現代の、これからしばらくの未来の社会も含めて、人間の活動を考えたり地域づくりを考えたりするには、一つの有効な切り口になると思いました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─情報化社会やインターネットは、時速50キロの文化よりもより早いイメージがありますが？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ITだけを取り出してみると、一瞬に時空を乗り越えていますよね。距離も空間も問題にしていない。けれども、例えばインターネットを使って買い物をした場合、欲しいという情報は瞬時にお店に届くけれど、物は一瞬では届かない。自分の欲し商品が、実際に移動して手元に届くという状況と相まって初めて、インターネットで情報が瞬時に届くという役割が意味を持ちます。<br />
<br />

ITというのは限られた部分で瞬時に何かするという意味においては非常に大きな力を持っていますが、さらにそれが飛躍発展しているのは、その背後に時速 50キロの文化が整備され（商品が運送会社のネットワークで素早く届くということ）、さらに時速4キロの文化が持つ情報の大きさが錯綜して、初めてITという社会が大きく広がっているんだと考えた方が良いのではないかと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最近“田舎暮らし”という表現をよく見かけますよね。都会から田舎に移り住むと、ギャップを感じると聞きます。時速50キロの人たちが時速4キロに溶けこむコツはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">田舎は時速4キロだけの社会ではないし、都会は時速50キロだけの社会ではないんです。今の日本という社会は、田舎であろうと都会であろうと基本的には同じ。都会で経験した面白いこと、つらいこと、人間的なトラブルは、どんな田舎で生活しても必ずあります。そう思ってくれば、違いなんて何にもないですよ。<br />
<br />

あとは人口が少ないから、少ないなりの物・キャパしかないという違いがあるだけです。それを昔ながらの「田舎は…」という言い方をしてしまう。そうすると田舎は特別な人種がいて、都会にいる私がそこに住むにはどうしたらいいかしら？みたいな話になってしまう（笑）。まあ、住んでいる人間の数や、そこで消費される金額の多寡とか、そういうものによってインフラはある程度低くなったりしていることはあります。それに対して自分がどう順応していくか、だけの話です。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─『田舎型の生きている場の中』で、上手く生活していくコツがあるのでしょうか？</em></p>

<p>人間はよく「仮面をつける」とか「本当の自分になる」というけれど、実はどの仮面も本当の自分ではないでしょうか。仮面の数をどのくらい持てるか。例えば、女だったり、恋人だったり、妻だったり、子供だったり、社会人だったり、遊び上手だったり…、一人の女性がいろんな顔を持っているんです。このうちのどれかが本当の私です、というのではない。全部自分なんです。その仮面をどこでつけてどういう風に振る舞うかということが、生きる、生活するということ。その仮面のつけ間違いをすると、「あいつは…」といわれるわけです（笑）。<br />
なるべく、「日常生活の場」「仕事の場」「社会生活の場」、それぞれの場を離しておいたり、くっついてもべったりくっつかせないようにして、自分が今この仮面をかけているということがゆったりできる状況があれば、一番ストレスがありません。3つが大きく重なっていると、仮面の付け替えが難しくなるのは確かです。<br />
<br />
北信流とか地域の会合における独特の挨拶があります。あれは「今俺はこういう仮面をかぶっているんだぞ」という発信、ふわっと仮面をかぶる儀式です。まわりの人も、仮面をかぶったその人の指示に従います。そうしないと、重なり合った地域で動けなってしまう。大都会はその3つが離れているから、いつの間にかそういうしきたりをしなくてもよくなってしまったのでしょうね。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─田舎にくると、密接にならざるを得ないという感じがあるのですが？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">僕らのようによそから来て、50、60過ぎて、地域で仕事をしないで、もしくは仕事をする割合が少ない状態で来た場合、この3つのすべてに所属いなくてもいいわけです。自分が楽しい範囲の中にいればいいんですから（笑）。自分が一番大事にしている場所はそんなに広くない。そこで自分がどうやって人と接していけるか、田舎も都会も生活の仕方は同じです。<br />
<br />

メディアが伝える“田舎”にも問題があります。“田舎”がメディアによって演出されているという部分も大いにありますよね。言葉の使い方によってもとらえ方は様々です。私は著書の中で「田舎型」や「都会型」という表現をしていますが、これは一般的にいわれている都会と田舎の地域差とは違います。<br />
<br />

人間は、時速4キロで何百年も生活をつくってきました。都会の中にも、古くから続く下町とか多くの地域には田舎型の生きている場があります。田舎だから密接、都会だからドライというものではなく、全国的に田舎型の「生きている場」が基本であって、これのない文化はありえないと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webサイトの制作はメディア側でもあります。メディア側が田舎らしさを演出することもありますが、田舎側が田舎らしい田舎を演じることもある。メディアは、どんな風な在り方がいいのでしょう？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">時速50キロの文化の最大の特徴は、99％視覚情報であることです。その他の感覚は、時速4キロの文化ではほぼ平等。つまり、時速4キロの文化におけるメディアは、現場で見るか、人から話を聞いて想像する以外にありません。自分の知らないものは想像できないのが時速4キロの文化であり、そういう限界を意識していた時代です。<br />
<br />


ところが、時速50キロの文化は、特に映像というメディアが出てきた時に、見たことのないものでも見たことあるがごとく映します。受け取る側は、視覚以外の情報はいっさい遮断されてしまう。だから、田舎らしくというのはまさにいったとおりで、“らしくみせる”ということに腐心して他の物は全部切り捨ててしまうんです。事実の一部分だけを演出して見せる。時速50キロの文化におけるメディアの訴え方は、どの部分を強調して見せるかになる。それを受け取る側は、想像した情報と流された情報の中で自分が一番受け入れやすい物だけを受け入れてしまいます。常に本当の（トータルな意味での）情報は絶対に伝わっていかないのが、この時代のメディアの不幸なところですね。<br />
<br />

メディアにとって重要なことは、田舎といった時に何を連想する人が多いかを集中的にリサーチすること。その分析が正しいと、面白いようにひっかかっていきますよ。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最近はメディアの切り取り方に疑いを持っている人も多いと思います。情報収集の可能性に、インターネットは有効なのではないでしょうか？扇田さんの情報収集はインターネットですか？情報を見極める術はあるのでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最大公約数的な意見や、少数の意見を具体的に聞けるものとしてITは非常に役立ちます。昔、岸信介が国会で「声なき声を聞いている」と言いましたが、今の時代、まさに声なき声を聞くことができるのはITです。そこから何をくみ取るかは、閲覧する側の感性。情報を得たときに多勢の方にいくか、少数派の方にいくかはそれぞれの個性の問題になります。<br />
<br />


僕も、情報収集にはインターネットをよく利用しています。情報を見極める術…大学院でいろいろな研究生活する上で、ひとつの論文を書くために膨大な書物を読んできました。これが一つの訓練になっていますね。そういう生活を何十年もしていると、無意識のうちにつかみ取れる。何十年にもおける訓練の結果としての直感ですね。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─リゾートと街が混在する長野。長野県の特異性は？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ミシュランが今年6月に初めてフランス語圏を対象にした日本の観光本を出しました。長野は一つ星として紹介されています。三つ星が富士山、東京、日光、高山、京都、奈良、姫路、宮島、それだけです。ミシュランに紹介されるだけでもすごいことなんですよ。<br />
<br />

長野について、まず紹介されているのが、『楢山節考』、姨捨伝説で、カンヌ映画際でグランプリをとった映画の舞台になったところとして紹介されています。二つ星で善光寺。お階段めぐりを詳しく紹介ています。他には戸隠、地獄谷、野沢温泉、松本、上高地、新穂高温泉。このくらいしか書いていません。これは本人たちが実際に行ったり来たりしての調査結果です。彼らが外国人の目で選んだ日本の、日本らしい文化があるところ、もしくは、今の日本を象徴しているところを取り上げています。長野らしい文化というのは、善光寺のお階段めぐり。もうひとつは映画として話題となった姨捨伝説のある地域、県。これが、フランス人の、世界的にもセンスがいいといわれているガイドブックの編集者が取り上げた長野ということですね。<br />
<br />


リゾート地でという話においては、「信州には人がいるけれど人脈が育たない」という言葉が象徴的だと思います。中央各界の偉い人たち。普通そういう人とは、地元の上流階級の人としか付き合うことはできません。ところがリゾートの場合、もっとも下々の人と、都会からきた偉い人たちが、ある種の非常に親しい付き合いになってきます。リゾートで生活するには女中さんや、小作のおじさん等が必要です。その人たちは、何十年もそこに雇われ、出入りするわけですから。付き合いで人間の良さはわかっているから、最下層級が都会の上流階級の人と付き合いが出てきます。自分でつくった人脈をいつ他人にとられるかわからないということになれば、閉鎖的な付き合いになってしまう。長野にはそういう人的関係というものが、他の地域と違うものとしてあると思います。<br />
<br />


今リゾートというものはほとんど成立していません。リゾートというのは一回の滞在が長く、それが長期にわたって繰り返されるものです。それがかろうじてあるのは軽井沢程度。あとはリゾートという雰囲気を出して、リゾートしているつもりにさせるような場所しかありません。これは別に長野が悪いのではなく、今の日本全体がそういう構造の中にあるだけで、仕方のないことなんです。とすると、観光客がずかずかと自分たちの日常生活のエリアの中に一泊二日などの短期で入ってきて、自分たちのテリトリーがいいように引っかき回され、なおかつ「観光客の方にはスマイルをもっておもてなしの心で」といわれると、余計に腹が立ってくる（笑）。今の長野は、リゾートが非常に成り立ちにくい状況の中で、リゾートで在らねばならないという思い込みで頑張っている、つらい状況だと思います。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野県におけるリゾート、明るい未来はあるのでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野市くらいの大きな都市になると、独自の産業などいろいろなものがあって、その中の一分野としての観光というものが成り立ちうると思います。ところが、人口が10万以下の中小の自治体が、これから様々な形で生産力を上げ地域振興を図っていこうとすれば、観光産業はある意味基幹産業なんです。<br />
<br />

例えば、大町市の観光消費額は146億円、延べ観光客数は287万人です。これは、年間186万円の消費をする住民が7863人も増加したことになります。あるいは、従業員数7863人、総生産高146億円の大企業ができたことと同じなのです。また、観光客はガソリンスタンドでガソリンを入れます。食事もします、タクシーも利用します。スーパーで買いものもします。見えない形で地域消費を挙げているのです。<br />
<br />


ところで、なぜペンションが流行したのかというと、1970年代初め、別荘開発ブームが起こった後、石油ショックで誰も田舎の不便な土地を買わなくなってしまった。困った関係者が「ヨーロッパのようなペンションをして、15年で返済したあとはご自分の住まいとしてのんびり暮らすのも、ペンションを続けるのも自由です」と宣伝して、30代前半と50代の都会生活者を引き寄せたのです。<br />
<br />

また、当時の東京では、畳の部屋に絨毯を敷いてソファーをおいてテレビを見る。あるいは、自分の部屋も洋風にしてベッドで寝たいというのが当時の若い人たちの憧れ。それを実現してくれたのがペンションです。だから都会の人間が競って来ました。ところが、ここ10年20年で自分たちの家の方が良くなってしまい、ペンションはチープ、プアーの象徴になってしまいました。<br />
<br />


また、スキー場から発達したリゾートは、今はだめです。スキーというものが遊ぶ一つの手段でしかなくなってしまった今は、旅館での接待の仕方や地域全体がどんな雰囲気になっているかが、非常に重要になってきました。スキー場で30年40年やってきたところは、いい従業員を置いて、きちんとした接客をして、お客さまからそれなりの対価をいただく、という意識があまりありません。しかし、スキー場がなく、客集めに必死になってやってきたところは、それなりにブランド力ができてきています。

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、著作のご紹介や今後の活動を教えていただけますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">今初稿ができあがった本は、まだ題名は決めていないんですが、都会人へのメッセージということで、都会も田舎もないんだ、そんなことを気にするな、ということを、僕の過去の生きてきた過程から見えた都会と信州の田舎、それをいったりきたりさせながら書きました。また、『地域文化』で1990年代に3年間、いろいろな人と対談するコーナーをもらいました。飯田の人形劇を最初に仕掛けた人とか、バイオリンの鈴木真一さんとか、地名を研究している人とか。わずか3年の間に12人と会ったその対談ですらこれだけいろんな幅広い人がいて、多様な文化が息づいています。そういう本を今書いています。<br />
<br />


地元とのつながりでいうと『北アルプス山麓ブランド』という県の活動があります。そのプロモーション部会の部会長になりました。いかに地元に根付かせるかというのがひとつ。それと同時に、都会の消費地にどういうかたちで売り込んでいくかというマネージメントをしています。<br />
<br />


また、11月18日に安曇野市でシンポジウムをやりますが、その企画運営と、コーディネーターを行います。安曇野市ができて、今は10万都市。長野県で5番目に大きな街になりました。今まで町村でしたが、市としてどういうかたちの地域をつくっていくかがシンポジウムの主題です。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">扇田孝之 [Takayuki Oogida]<br />
地域研究家<br />

</p>
<p xml:lang="en" lang="en">地域研究家。明治大学大学院（法律哲学）修了。研究生活の後、78年に大町市簗場に移住、国内外の人・情報・地域の多彩なネットワークを培いながら実践・研究活動を行っている。特に、フランス・オートサボア県の四つ星ホテルを中心に多様なプロデュース活動を展開してきた。「ツーロン海洋冒険映画祭」（仏）国際審査委員、「日本文化デザイン会議」、「全国水の郷サミット」（穂高町）などの講師を務めた。<br />
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">著書紹介</em></h2>
<p><a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/4768469221/idnagano08-22" target="_blank"><img src="/interview/img/4768469221.jpg" width="100" height="150" alt="素朴だけでない　田舎暮らしの馴染み方" /><br />
素朴だけでない　田舎暮らしの馴染み方</a><br />
(現代書館)</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
<em xml:lang="en" lang="en">安曇野市の土地利用・景観を考えるシンポジウム</em><br />
平成17年（2005年）10月1日の合併で、安曇野市は人口約10万人、県下で5番目の人口規模の自治体に生まれ変わりました。それまで、豊科町、穂高町、三郷村、堀金村、明科町の5町村は、恵まれた自然風土と、各々の地域特性を活かしながら、緩やかに発展してきました。その先人たちの弛みない営みが、＜安曇野＞という日本を代表する風土、景観、個性を創りあげてきました。しかし、これまでの＜安曇野＞は、5町村それぞれの＜安曇野＞でした。<br />
<br />
ところで、今、私たちが日々生活している＜安曇野＞は、県下で3番に広大な平地ですが、そこに県内最多数の転入者が押し寄せ、膨大な住宅需要が生まれています。これに呼応し、増大する消費人口、労働力を追うようにして商業施設や産業施設の立地も進んでいます。そこで、「徐々に成長しつつ、変化していく時代」にふさわしい、安曇野市の発展を支える土地利用の「秩序」を官民一体となって創りあげていかなければなりません。<br />
<br />
10万人が集う安曇野市にふさわしい新たな＜安曇野＞を創造する手がかりを見つけだそうとするのが、本シンポジウムの趣旨です。
<br />
<br />

<strong>日時</strong>：2007年11月18日（日）<br />
13：00〜15：00<br />
<strong>場所</strong>：安曇野市豊科公民館<br />
<strong>主催</strong>：安曇野市<br />
<strong>企画運営</strong>：（株）KRC<br />
（有）コミュニケーション・デザイン研究所
<strong>演題</strong>：安曇野市の発展に向けた「個性ある地域づくり」のあり方を探る
〜地域景観と安曇野のブランド性に目を向けて〜<br />
<strong>出席者</strong>：庵 豊（松本大学教授）<br />
中村 麻美（画家）<br />
山田 桂一郎（スイス・ツエルマット観光局）<br />
涌井 雅之（造園家）<br />
<strong>コーディネーター</strong>：扇田孝之（地域社会研究家）
</p>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>15 タテタカコ</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2007/03/15.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=293" title="15 タテタカコ" />
    <id>tag:idnagano.net,2007:/interview//2.293</id>
    
    <published>2007-03-01T01:01:43Z</published>
    <updated>2007-03-01T01:05:31Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Musician" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_15tate1.jpg" class="interviewph" alt="タテタカコ" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">3月に公開される映画「アルゼンチンババア」の主題歌に「ワスレナグサ」が起用される、飯田を拠点とするシンガー・タテタカコさん。自身のことを「ワシ」と呼ぶタテさんは、ステージ上の緊迫感ある姿からは想像もできないぐらい屈託ない笑顔で話しをしてくれる不思議で掴み所のないオーラをもった人だ。常に自分自身を破壊しながら問いただすということを繰り返し、不安定さと自由さが交錯する中から滲み出てくる唯一無二の存在感と表現力が、タテさんの魅力ではなかろうか。映画のはなし、新作アルバムの話しについて伺った。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ</p></div>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─映画「アルゼンチンババア」の主題歌をタテさんが歌うのですね。おめでとうございます。どういった経緯で主題歌を担当することになったのですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ありがとうございます。東京でライブをやったときに、監督が聴きにきてくれたのがきっかけです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─映画の主題歌づくりというのは、どんな感じでしたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">原作と台本を交互に読みながらつくっていこうと思ったのですが、いいものをつくらなきゃ、つくらなきゃ、と思うとつくれなくて、あざといものしかでてこなくて、参りました（苦笑）。レコーディングのために、映画のためにって思うと、どうしてもよくつくりたいとか、いいことをいいたいとか思ってしまうのですが、それって結局ダメなんです。やっぱり根本的にはよく思われたいんですけど、でも、自分の中から出てきたものしか歌えないんですよね。誰かのためにっていう意識をなくして、自分のことに置き換えてみようと思ったときに、自然と出てきたものが曲になりました。監督からは特に「こういった曲で」というリクエストはなかったので、のびのびとつくることができました。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─映画の主題歌といえば、カンヌで話題になった「誰も知らない」の挿入歌として「宝石」が使われました。映画と非常にマッチしていたのですが、「誰も知らない」と「宝石」の関係について教えてください。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「宝石」は昔につくった曲なんですが、本当は封印したかったんです（笑）。今だからこそ、「過去の自分も自分でしょ」と考えて、矛盾していても昔の自分の歌を歌っていくことで、新たな自分を発見していくこともあるんですけど、そのときは、自信がなかったし、聴いてもらうのがいやだったので。ただ、以前是枝監督にお会いしていて、純粋に「また監督に会える！」って思ったので、ふたつ返事で「ありがとうございます」と言ってました（笑）。 <br />
映画のためにこの曲の続きをかいていったのですが、このときも映画のことで頭がいっぱいになってイライラしてもどかしくしていました。この曲をつくったときと同じように、白黒はっきりつけられない感じが、この映画の雰囲気とつながったのかな、と思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありのままを伝えていく感じなんですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ひとりでいると閉じこもっちゃうんです。同じ考えが堂々巡りするような。音楽を手段として人とつながっていって、うちのめされて、ボコボコにされつづけて、本当の自分が見えてくるんです。映画に2回取り上げられて、純粋に嬉しい気持ちもあったり、とまどいもあったりしましたが、映画に関わらせてもらうことで吉本ばななさんや奈良美智さんにも会えたし、いままで出会えなかった人、出会えなかった景色に巡り会えたのは本当によかったと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─対バンで様々なバンドと出会いますね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ジャンル関係なく、いろんなアーティストと対バンさせてもらっています。いきなりガツンとやられる想定外のものをみせつけられて、「本当に音楽やってるの？」と突きつけてもらったりとか、そうやって出会った人とはつながっていきたいし、また一緒にやりたいです。おっくうでめんどくさがりで、できれば閉じこもっていたい性格なんですけど、自分を突き動かしてくれるのはそこでしか味わえないものであって、それを知ってしまったんです。感動すると体が泣いちゃいます。いろんなことを、どんどん知りたいと思います。 
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテさんは飯田を拠点に活動していますね。地元のアーティストという感覚がありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">就職せずに、逃げ帰ってきたんです（笑）。「ちっくしょーいつか東京に戻ってやる」と思ってたんですけど。帰る場所は実家だけだったですし。はじめは地元や方言がイヤで、誇れる街とは思ってませんでした。でも、住み始めて、そこであった人とか、今まで見てなかった景色とか、外から取材に来てくれた人が教えてくれた飯田の街を知っていくうちに、あぁ、ないんじゃなくてただ見ていなかっただけだったんだと気づきました。いまは、自分の土地に帰ってくるとほっとするっ・・・というわけではないですが、あぁ「水がおいしい」って思ったりします。 <br />

でも、両方ないとダメだと思います。外に出て刺激を受けてボコボコになって自分を見つめ直す、地元ってそんな場所です。 
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテさんの一日の過ごし方ってどんな感じですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">サイテーですよ（笑）。軽蔑されそう…（苦笑）。気がついたら昼だったとか。ツアーのほうが規則正しいです。普段は、いってみれば研修社員みたいなものですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─曲づくりはどうやっていますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">夜とか…　ツアー中の、ライブが終わったあとのベッドの中とかですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今回のアルバムの曲は、相当早いペースで作ったそうですね？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いままでは何曲もストックがあったのですが、今回のアルバム用の曲、足りなかったんです。で、ヤベーヤベーと思っていると、結局「いい曲かかなきゃ」になって、全然ダメになる（苦笑）。全く新しいチャレンジですら、狙ってる、あざとい感じになっちゃいました。それを取り壊した瞬間、まったく排除できたときに、ほろほろとでてきて、それを歌にしました。 <br />
沖縄で録った「ワスレナグサ」は、レコーディング当日の朝になっても完成していなくて、焦っても焦ってもやらしい言葉しかでてこない状態だったんですけど、スタッフの方にひめゆりの塔へ連れていってもらって、そこで見た色濃く残る歴史に触れてかえってきたとき、頭の中にできあがってきたんです。「いま、録りたいです」っていってその勢いのまま録りました。本当はそのときの歌は仮歌だったんですけど、あとから撮り直しても、うまく歌わなきゃとなってしまったので、そのときのを使いました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテさんのライブは、独特の雰囲気がありますね。お客さんとの関わり方で、意識していることはありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">そのままの自分でありたいのですが、ステージ上の自分は全く自然体じゃないこともあって、それ以上の自分やそれ以下の自分になってしまうこともあります。自分ひとり「最高！」と思って拳を上げてもお客さんの反応が違ったりとか、逆に最低と思っているのに反応がよかったり、いろいろです。そのままの自分を見てもらえるかどうか、歌いながら確認していって、お客さんも自分もちょうどフィットするというのが望ましいです。 
<br />
ステージの上は、ウソをつけない場所です。ネオンホールもそうですけど、魔物が住んでいるんじゃないかと思います（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─対バンの影響は大きいですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">はじめてスーパーネオンに参加したときは、衝撃的でした。何でもアリなんだなぁって。自分はいままで何をやってきたんだろうって思いました。でも、最終的には自分は自分、自分のできることをやるしかないって思い知らされます。あの人になりたいと思ってもダメ。フワフワしてしまうだけです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今回のアルバムは、沖縄と高知でレコーディングされたんですね。その理由は？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いままではずっと飯田でレコーディングをしてました。飯田でしかできないと思っていたんですけど、3回やったんだから他でもできると思って、外に出ました。沖縄と高知を選んだ理由は、いい出会いと、いい風土があったからです。友達に紹介してもらった沖縄のピアノの録音場所では、初めてその場所へ行って、ポンとピアノを押したんですよ。なぜだかわからないんですけど1音弾いただけで涙がでてきました。言葉で理屈で説明できないんですけど、ここでやりたいって思いました。高知ではスタッフとともに合宿状態で寝食をともにしてレコーディングにあけくれました。 
<br />
地元であっても他の場所であっても、どこに行っても逃げられないんだと思いました。今回のアルバムのジャケットは、高知の藤島晃一さんの絵画「狼の皮を被った羊」を使わせていただいてます。私が初めて「買いたい」と思った絵です。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─曲づくりでの違いはありましたか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いっそう自分をみせつけられたと思います。はじめは自分には何もないんじゃないかと思ったり、どうしていいのかわからないこともあって、何度も問いただしたんです。そんなときの自分は、周りから見ても最悪だと思います（苦笑）。自分がどう思っているかという意志がスタッフになかなか通じなかったりもしましたけど、自分のやりたいことを尊重してくれたり、「はやく」と一言もいわずに待っていてくれたスタッフに感謝しています。 <br />
今回は、ピアノが生きているということを初めて知りました。場所とか向きとか車輪の向きとかで違うんですね。瞬間瞬間を見計らって一番いい、というところで録るようにしました。 

</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテさんが一貫して伝えていきたいことや生き方のスタンスありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">一貫していることは、自分をそのまま出しつづけていくこと。伝えるということはとても難しいので、聴いた人の捉え方は自由におまかせしたいです。それから、自分に知らしめたい。知らないことは知っていきたい、出会っていきたい、大事なものは忘れたくないです。 
<br />
とにかく人と会うことが大事だと思っています。一人では感じられないことが、人と会うことでくつがえされる。音楽ってそのための手段じゃないかなと最近思います。 
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webは活用してますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">普段は知る手段がWebしかないので、けっこう見てますよ。気まぐれ日記は書いていて、人を意識していますけど、今の出来事を書いていこうと思ってます。それから、人はどうやって表現しているのか気になるので、他の人のサイトも覗いたりします。あの人のようになりたいけどなれない、その繰り返しです（笑）。
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">タテタカコ [Takako Tate]<br />
シンガー<br />
url :<a href="http://www.tatetakako.net/" target="_blank">Tate Takako on line</a><br /> 

</p>
<p xml:lang="en" lang="en">1978年7月24日生まれ、飯田市在住。<br />
国立音楽大学音楽教育学科卒。2001年から地元のライブハウス「キャンヴァス」でライブ活動をはじめ、長野市「ネオンホール」や東京「スターパインズカフェ」などでの活動が評判を呼び本格的な音楽活動をスタートさせる。<br />
2004年の夏に公開された是枝裕和監督の映画「誰も知らない」の挿入歌に「宝石が」起用され、映画出演も果たす。<br />
</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
<em xml:lang="en" lang="en">New Single「ワスレナグサ」</em><br />3/7発売　1,200円（税込）<br />
<img src="/interview/img/tate1.jpg" class="newsimg" alt="ワスレナグサ" /><br />
映画「アルゼンチンババア」主題歌。劇中で口ずさむアンデス民謡「花祭り」の美しい旋律から起草された叙事詩。

<br />
1.ワスレナグサ<br />
2.泣き虫こよし<br />
3.道程<br />
</p>
<br />
<p xml:lang="en" lang="en">
<em xml:lang="en" lang="en">New Album「イキモノタチ」</em><br />3/20発売　2,500円（税込）<br />
<img src="/interview/img/tate2.jpg" class="newsimg" alt="イキモノタチ" /><br />
「ワスレナグサ」を含む全13曲入りフルアルバム。
<br />
1.～雑踏～<br />

2.身ひとつ<br />
3.手の鳴る方へ<br />
4.ワスレナグサ<br />
5.押し問答<br />
6.157<br />
7.混濁<br />
8.残影<br />
9.月<br />
10.雷<br />

11.頬杖<br />
12.道程<br />
13.やわらかい風
</p>


<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">タテタカコツアー2007<br />
「狼の皮を被った羊」</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">
全国18ヶ所をめぐるツアーです。長野県内の公演は次のとおり。<br />
&raquo;&nbsp;4月18日（火）松本アレックス<br />

&raquo;&nbsp;5月19日（土）松本　まつもと市民芸術館<br />
</p>
]]>
    </content>
</entry>

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    <title>14 宮内俊宏</title>
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    <published>2006-12-28T02:36:34Z</published>
    <updated>2007-01-10T00:39:26Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Producer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_14miyauchi1.jpg" class="interviewph" alt="宮内俊宏" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">長野県内で初となるプロフェッショナルなレコードレーベル・ネーブルファクトリーワークスを率いる宮内俊宏氏。タテタカコ、ビーグルズといったアーティストを擁し、活動は全国規模で展開している。また、10月にオープンした長野発SNSサイトN[エヌ]をプロデュースするなど、音楽のみならず様々なアプローチで文化を開拓する仕掛け人だ。「閉塞感がある」と表現する音楽業界において、文化財として音楽を残していくこと、長野という土地に拠点を置くことなど、お話のなかから宮内氏が常々表現する「純度の高い」文化を創り上げていくためのベクトルが多々垣間見られる。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano　写真／ハラヒロシ</p></div>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─レーベルのお仕事をされているということですが、具体的にはどんな仕事をされていますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">具体的にはアーティストの発掘、育成から作品の商品化、ということになります。といっても、単にアーティストの作品を録音してパッケージにするだけではなくて、アーティストの表現をより強いものにするために日常的にコーチングを施したり、リリースのためのマネージメント、これはリリース時期やコンセプトを考えたり、サンプルや宣伝用のあらゆる素材を用意したり、けっこう細かい作業なんですが、とにかく、ひとりのアーティストを運営して行くために、あまり目に見えないコツコツしたプロセスがいっぱいあります。<br />
けど、今いちばんの懸案、アイディアを費やしているのは、閉塞状態にある音楽マーケットで、消費されて終わるのではない、普遍的な価値を持った音楽作品を継続的にリリースしていくためにどのような方法があるか、ということ、その方法自体を探す作業かもしれません。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─それはいったい、どのような作業なんでしょうか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">といっても、具体的な作業のことではないですね。経済や社会の様子をマクロに眺めながら、これからどんな世の中になってくのかな、どんな世の中だったらいいのかな、とか、音楽はどうあるべきなのかな、っていうことを、プロダクションやリリースマネージメントの実務の中にアイディアとして少しずつ注入していく、っていうことですね。<br />
日本の音楽産業は、特に1990年あたりからずっと、音楽の価値を貶める方向へ加速度的に進んで来ているんです。僕も一部そこに加担したということになるんですけど。首の挿げ替えだけしていれば事足りるような粗悪な音楽商品を次から次へ生産してきていて、ヨーロッパの音楽ジャーナリズムからは「クローンのような音楽ばかりが量産される世界でも珍しいエリア」という侮蔑的な評価をされて、けど、ほんとにそんな軽薄なものがマーケットを席巻していて、音楽の価値は限りなくゼロに近づいてってると思います。<br />
一足早くアメリカのタワーレコードが終わってしまったけど、これはデジタル配信の影響や価値観の多様化っていうような問題以上に、90年代以降、薄っぺらい消費されるだけの音楽ばっかり作ってきたことが大きな原因だと思います。あ、もちろん、全部が全部そうではなくって、ちゃんと真価のある音楽作品も生まれてはいるんですけどね、ごく一部で。<br />
それで、レコードが売れなくなって、今度はダウンロードでビジネスするんだっていう安直な幻想を抱いて、ここ数年、いろいろな方向からデジタル配信に殺到しているけど、実は、デジタル配信はぜんぜん伸びてないんですね。某最大手のダウンロードサイトも原価割れ。当たり前ですよね、公開されたWebのデータはもともとフリーが原則のものなんですから。逆に、音楽なんてデジタルデータで事足りるんだって、自分たちで目の色変えて肯定しているようなもので。 
ともかく、もうそろそろ、そんな所からは抜け出さなきゃまずいっていうところまで来てて、音楽や文化をそういう流れから掬って違う流れに乗せようと、そのための方法を考えています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─その音楽の価値の下落を回避する方法というのはあるのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだ見つかっていません。根本的なところは、音楽を文化財として存在させる、ということになると思います。音楽はもともと消費材じゃなくて文化財だったはずなんです。だから、もう一度文化財として存在させるように転換を計ろうということだと思うんです。けど、そのために何をしたら良いのか、具体的な方法はまだわかっていません。<br />
文化財といっても、それが保護されないと存在できないような状況ではだめなわけで、その文化財がちゃんと生きていて、経済的に自立できる方法を持つ必要があるわけですよね？そのための方法を見つけ出さなきゃいけないと思うんです。<br />
まだその方法はわからないけれど、じゃあ、だからといって消費に寄りかかったままで行こうっていうのはもうダメなわけで、だから、ともかく、まずは消費物から離れた所に音楽を置いてみようと思って、今いろいろなことを試しているところなんです。そこで、ビジネスとして成立する方法をできるだけ早くみつけようという、難題といえば難題ですが。良い方法を見つけるのが早いか、資金が尽きて倒れるのが早いか、サバイバルですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─消費物から離れた所というのは、どんな所のことですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いろいろな言い方があると思います。たとえば、東京は消費経済の象徴的な場所で、巨大な消費の集積ターミナルです。東京だけじゃなくて、東京に向いた多くの日本の都市もそうかもしれない。ひとつの方向へ向かって殺到することや、目立つ、という方向でしか考えられないメディアやコマーシャルの世界も消費そのものだと思うし、今やニュース番組も情報を消費しているだけのように思えます。いろいろな局面で消費は世の中を支配しているんですけど、つまり、そんなものから離れた所ですよね。トップページに名前を出すために毎日毎日あれこれ、手を変え品を変え話題を作ろうとすることや、実質の無いところに三行コピーや粉飾イメージであたかも価値があるように見せることとか、世の中のあちこちで回避するべきいろいろな嘘っぱちが盛んに行なわれています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─つまり、東京へ行かないとか、コマーシャルに関わらないとか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いや、東京行きますよ。コマーシャルやテレビメディアを拒否するという意味でもなくて、アーティストの質感が損なわれないための準備ができたらタイアップもするし。けど、クリエイティヴなものが生まれて発信される場所としては、東京はあんまり魅力がないですよね。どっちかって言ったら出来上がったものが集まる見本市です。なので、その目的であれば最高に効率的な場所です。テレビメディアも、コマーシャルも、尖っててカッコイイものってほんとに少なくなってしまいましたよね。けど、制作者には良いセンス持っている人も確実にいて、そんな人達をひとりでも多く発見して、少しずつ、価値のあるコンテンツが増えて、そんな良いコンテンツに文化財としての音楽を提供できるようになれば、大きな伝達の手段が確保できるっていうことになります。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─レーベルの本拠地は長野県飯田市ですね。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">これも消費物から距離を置きたいという感覚から来ていると思います。ずっと東京で音楽制作に携わっているうちに東京から発信することに飽きた、という部分もあるんですけど、もう、とにかく東京はもう新しい文化を生み出す場所ではないって、90年代の末期に思って。東京も、もう、特に80年代の半ばくらいから、東京に文化の匂いのする街は無くなってきてて、最後が80年代初期の渋谷くらいかな、日本に本物のパンク・ムーヴメントが発生した唯一の時期で、まだ何か生まれそうなかんじがしてたのは。だから、もう今では壮大な消費の実験場っていう、地球を擦り減らして行くようなことしかできない街になっていて、煩わしい嘘っぱちが毎日毎日山ほど積み上げられるし、今ではとうとう六本木ヒルズみたいなものが象徴になっちゃって。こんな下品な街ではクリエイティヴな精神が住みつくことはできないなって。<br />
それで、そういう場所から遠く離れてて、個性的なアーティストが生息できる余地があって、イメージのきれいな場所、ということで長野があって、その長野の中でも更に辺境であるということで飯田なんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─様々なミュージシャンやアーティストの卵の発掘というのもお仕事の一つだと思います。宮内さんがこの人ならいけるというポイントってどういうところですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">主に、表現する本質を持っているかどうか、個性的な表現に結びつく素養を持っているかどうか、ということです。それは、そのときに行なっている表現そのものを判断するのではなくて、その個性が最大に影響力を発揮した時に表現としてどんなことが起きているのか、ということを想像して判断します。<br />
一方で、その時に流行っているフォーマットやスタイルを上手に取り入れている音楽はまずダメです。その時点で既に誰かより後ろにいて、しかも、そういうスタイルに殺到する人口というのはとても多いので、その群れの中で競っているうちにトレンドが通過してしまってダメになってしまうことがとても多い。<br />
だからとにかく、まずは個性です。それと、表現しようという強い動機があって、自分の表現を鍛錬しようという姿勢があること。このあたりがまず一番最初に検証するべきポイントだと思っています。そして、その個性がどんな表現に結びついたら影響力を発揮するかということを想像できるかどうか。それがリアルな形で想像できればもうほぼOKです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─それは想像通りに行くものなんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">想像通りの表現になるかどうか、ということでいえば、ほとんどの場合はそうなります。目利きの能力とコーチングの能力の問題なのですが、まず、わりと正確にその人の潜在的な能力や指向を推測できる自信はあります。それに沿って、そのアーティストの面白い部分、武器になる部分を適切なコーチングによって伸ばして行けば、ちゃんと新しい尖った個性的な表現が完成するはずなんです。大切なのはコーチング。日本の音楽制作でも、コーチングという考え方がもっと発達するべきだと思っています。 
日本では多くの場合、ヒットの法則とか、こんなかんじだったら売れるかもしれない、今売れてるのはこんなだから、とか、そんな程度の根拠であれこれひねり回されて、そのうちに自分が何をしたいのかわからなくなってしまうことがとても多いです。センスの悪い幼稚な制作者がレコード会社の社員としてアーティストと作品を管轄していることが多いから、よっぽど強い才能と幸運に恵まれないと、アーティストとして自分の表現を全うできる人はほとんどいない。けど、そうではなくて、制作者側がその表現の本質、個性を理解して、その個性が最大の影響力を獲得するようにコーチングするっていう考え方が標準になれば、もっと多くのアーティストが豊かな表現を実現できるし、クローンのようなアーティストが次から次へ産出されるっていう気持ち悪い事態から脱却できるはずなんです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─なによりも個性ですね。これまでに出会った人で衝撃を受けた人はどんな人がいますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いろいろな人がいろいろな形のショックを僕に与えてくれていて、それはもう、ほんとに大勢いて数えきれないです。逆に言うと、特別に衝撃をもたらした人というのは、どうだろう、いるのかなあ。<br />
そうだ、最近、遠藤ミチロウさん、すごいと思いましたね。もう、とにかく、表現の塊。パフォーマンスだけじゃなくて、すべての事象に対する姿勢が素晴らしく大きいんです。あとはどうかなぁ、すぐには思い浮かばないですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─タテタカコさんはどうでしたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">あ、あの人は衝撃でした。すみません、いましたね、衝撃。<br />
彼女は数少ない真性の表現者のひとりだと思います。普段はふにゃふにゃしたゆる〜い女の子なんですが、おい、おまえ大丈夫か?みたいな。けど、表現者としての意志の強さとか、才能は類稀な人だと思います。それに、自分の表現に対して常に「これで良いのか」という視点を持っていて、常に表現を鍛錬している。けして器用にあれもこれも作れますっていう人ではないけど、鍛錬して鍛錬して、研ぎすまして作り出してくる作品やその表現は素晴らしいですよね。その個性的な視点とか、妥協しない斬新さとか。しかも、単にアヴァンギャルドに突っ走っているわけではなくて、ちゃんと多くの人に受け入れられるポップなセンスもかなり適切なラインを押さえている。本当に希有なアーティストだと思います。ある意味、長野のアート感というのを象徴できる才能なのではないでしょうか。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野の文化についてどのように見ていらっしゃいますか？長野の良いところ、面白いところは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">アヴァンギャルドな表現をする人達が多く潜在しているエリアだと思います。僕も長野出身、飯田なんですけど、最近までここがこんなところだなんて思わなかったですね。タテタカコが飯田のライブハウスで発見されたのが2001年、情報として東京に届いたのが2002年。それまではまったく着目していなかったんですが、それ以降、長野県に注目し始めたら、面白い、個性的な表現をしている人達があちこちにいる。特にネオンホール周辺から受けた印象が大きかったんですが、当時の僕の中のイメージでは、京都と似たようなトーンを持つエリアでした。<br />
京都はもう既に文化の発祥地としてシーンは成立していて、そのためのプラットフォームもしっかりと持っている所で、長野は、同じようなアヴァンギャルドな表現者が生活できている場所なんだけど、それがあちこちに散在している状態で、シーンとして形成させたり、外に伝播してゆくためのプラットフォームがない。それで、京都と長野を行ったり来たりしながら、地下水脈で結びつけるような関係を作りながら、長野に文化発信のためのプラットフォームを作ったら面白いことになるんじゃないかと思ったんです。<br />
そもそも長野県という地域自体アヴァンギャルドで、日本全国の県の中で唯一平均標高が千メートルを越えていたり、北信、中信、東信、南信、それから木曽、５つのエリアに完全にアイソレートされてて、それぞれ独立した文化を持って、ぶつかったり、往来したり、アイディアの交換があったりする。これは他の県にはない性質で、突然変異的に新しい文化が生まれる要因になりうる、面白い要素だと思っています。プロモーションは展開しにくいけれど、良いですよね、そんな特徴があるって。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─N[エヌ]がスタートして、県内外からかなり注目を集めています。ここまでの感触はどうですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">とても困難なことを始めてしまった、というのが正直なところなんですよね、すみません。もちろん、立ち上がりで注目を集めることができて、その分野の人達から良い評価を得られたというのはとても嬉しい状況なんですが、逆になおさら、大変だぁ、っていう出来事でもあるんですね。基本的なコンセプトがしっかりしていて、サイトの構成やデザインワークが優れていて、それで良い評価を得られたと思うんですが、実は、目指しているクオリティーをクリアするための体制が準備できてスタートしたかというと、決してそうではないわけですよね。いってみれば、なんとかアイディアでアドヴァンテージを得て、チームの献身的な努力によって、混乱しながらもなんとか進んで来ているっていう状態だと思います。問題は、高いエネルギーの要求されるこれからのプロセスをどんな方法で乗り切ってくか、っていうことですよね。とても大きな課題であり、是非とも乗り越えなきゃいけない課題です。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ユーザーの反応などから、今後の展開についてのヒントは得られましたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">まだ何をどうしてったら良いか解析できてはいないです。たとえば、mixiなんかも、コミュニティーが活発に動き出すまでだいぶ時間がかかったようですが、長野県全域、という範疇の中で、より有益な情報交換が行なわれるためにどのような仕組みが必要なのか、まだ今のところ、いろいろ試験的にアクションしながら、あれこれ考えているところです。早くいろいろな工夫をして、参加してくれたユーザーが楽しく居られる場所にして、面白い生の情報がどんどん集まるようにしたいですよね。<br />
ただ少なくとも、スタート直後にこれだけ大勢の方が参加してくれたっていうのは、やっぱりここで、こういう機能や性質を持ったメディアが要望されていたということで、まず最初の一歩は間違っていなかったということですよね。なので、その方向性を信じて、キープして、期待感を失速させることがないように、これからいろいろな努力をしなければいけません。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webは、宮内さんにとってどんな存在ですか？どのように利用して、何を期待しますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">必要な量の、膨大な量の、手に入れたい情報をあっというまに手に入れることのできる最終兵器ですね。実生活や仕事上のことでも、学術的なレベルのことでも、遊びのことでも、もうWebはすべてにおいて欠かせません。先週、真夜中の路上でふとノートブックを広げてみたら、どこの電波かわからないんだけどネットワークを検知してインターネットに接続できたんですね。ユビキタスコンピューティングの世界が本当に間近に来ているかんじがしました。<br />
できれば、Webには人間にとって有益な、社会を幸せな方向に誘導できる知識や情報がたくさん蓄積されていて、それがユビキタス環境によって日常的にすべての人に供給される、すべての人が知的に充足できるような世の中になったらいいですね。 
</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<h5><a href="http://www.n-sns.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_14miyauchi2.jpg" class="interviewph2" alt="N" /></a></h5>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>関連リンク</em></p>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.n-sns.jp/n-gene/feature/2006/12/_nex1_showcase_n.php" target="_blank">[N-ex1] SHOW CASE N を記録する 〜前編〜</a></li>
<li><a href="http://www.n-sns.jp/n-gene/feature/2006/12/nex1_show_case_n.php" target="_blank">[N-ex1] SHOW CASE N を記録する 〜後編〜</a></li>
<li><a href="http://www.n-sns.jp/n-gene/feature/2006/12/nex1_show_case_n_2.php" target="_blank">[N-ex1] SHOW CASE N を記録する 〜これも後編〜</a></li><li><a href="http://www.n-sns.jp/n-gene/editors/miyauchi/" target="_blank">[N-gene]編集部ひとこと日記　宮内俊宏アーカイブ</a></li>
</ul>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">宮内俊宏 [Toshihiro Miyauchi]<br />
ネーブルファクトリーワークス代表取締役<br />
url :<a href="http://www.navelfactory.jp/" target="_blank">Navel Factory Works on line</a><br /> 
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">1960年、長野県飯田市生まれ。1980年代より音楽制作業務に従事。<br />
2003年10月、長野県初のプロフェッショナルなレコードレーベルを設立。<br />
2006年10月にスタートした長野県の地域SNSサイト・N[エヌ]の代表を努める。</p>
]]>
    </content>
</entry>

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    <title>13 小林玲子</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2006/10/13.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=245" title="13 小林玲子" />
    <id>tag:idnagano.net,2006:/interview//2.245</id>
    
    <published>2006-10-12T23:45:13Z</published>
    <updated>2009-05-25T09:14:57Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="絵解き口演家" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_13kobayashi1.jpg" class="interviewph" alt="小林玲子" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">郷土史研究において「長野に小林家あり！」といわれるほど著名な小林家・小林一郎氏（長野郷土史研究会会長）の妻で長野郷土史研究会幹事、歴史の町長野を紡ぐ会代表を務めながら、「絵解き口演家」としても活躍する小林玲子さんは、ご自身の毎日の活動を切り取ったブログ<a href="http://blog.livedoor.jp/naganoetokino1/" target="_blank">「小林玲子の善光寺表参道日記」</a>を公開中。情報収集力・フットワークの軽い取材力・更新頻度の高さ・密度の濃い内容と、ブログのメリットを活かして日々情熱的に更新されています。日々の記事が「小さいけれども、歴史の1ページ」として刻まれていくことを実感しながら更新を続ける小林さんにお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ　編集／志村純子</p></div>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─これまでの経歴を教えてください</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私の肩書きの「<a href="http://www.janis.or.jp/users/kyodoshi/" target="_blank">長野郷土史研究会</a>」は夫の父・小林計一郎が昭和33年（1958）に立ち上げました。現在の主な活動は機関誌『長野』を隔月発行、講演会の開催、史跡めぐりなどです。今年度平成18年の総会で、父に代わって夫・小林一郎が会長になりました。現在全国に2000名ほどの会員がいます。私は結婚当初から会の事務や運営を手伝っていましたが、最近は本格的に運営に携わっています。息子竜太郎の力も借りて若い方にもアピールしたいと新スタートを切ったところです。<br />
また「<a href="http://www.h7.dion.ne.jp/~tsumugu/" target="_blank">歴史の町長野を紡ぐ会</a>」は平成14年（2002）に夫と立ち上げた史跡案内の会です。歩く人が減ってしまった善光寺表参道を、歴史や伝説でご案内しようという趣旨の会です。「善光寺表参道七福神めぐり」の他、「伝説でめぐる善光寺表参道」「善光寺門前七天神めぐり」「善光寺門前七稲荷めぐり」など、様々なコースを独自につくってご案内しています。歴史を身近に感じていただこうと、ご案内の途中の寺社で伝説の語りや紙芝居の上演も行っています。また、善光寺や界わいの伝統行事も大切に守っていきたいと考え、皆さんに参加を呼びかけています。もう一つの活動が「絵解き口演家」です。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─「絵解き口演家」とは何ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">現在の私の活動のひとつで、昨年あたりから自分でそう名乗っています。自分で考えた肩書きなんです。<br /> 
「絵解き」とはお寺にある掛け軸になった御絵伝を、棒で指し示しながら語る（解説）ことです。お寺のいわれや仏教の教えなどを解説する絵解きは、江戸時代までは盛んに行われていました。 在家である私が関心を持ったのは、夫小林一郎が絵解きの研究・調査をしていたからなんですね。しだいに途絶えていく絵解きを、何とか後世に伝えたいと思ったのがきっかけです。始めたのは、今から14年ほど前のこと。最初に取り組んだのは、善光寺のいわれのお話「善光寺如来絵伝」です。その後、様々な絵解きを復興しました。<br />
在家ですので、宗派に関わりなくできるのが私の強みだと思っています。絵解きをしたい御絵伝があると資料を集めて、まず台本作りから始めます。お経はとても難しくて私たちには分かりません。ですから私は、自分が分かる言葉でお話しようと心掛けています。昨年には絵解きの<a href="http://www.hojodo.com/contents/DVD_CD/etoki.html" target="_blank">ビデオ・DVD</a>を方丈堂出版から出版しました。<br />
この善光寺周辺には、かるかや山西光寺と往生寺という2つの寺で、常時絵解きをやっています。最近、全国の絵解きを調査していて分かったのですが、常時やる寺は全国でも10ヶ寺ほどです。私たちの住む長野は、とても貴重な地域です。その大切な文化を地元の皆さんに知っていただき継承していくのも私の役目だと思っています。<br />
<br />
＜参考＞ <a href="http://www.janis.or.jp/users/kyodoshi/etoki.htm" target="_blank">絵解き（長野郷土史研究会）</a></p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─「<a href="http://blog.livedoor.jp/naganoetokino1/" target="_blank">小林玲子の善光寺表参道日記</a>」をかくようになったきっかけは？また、ブログで伝えようとしているメッセージはどのようなことですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「長野郷土史研究会」では、機関誌『長野』200号発行記念として、平成10年（1998）にWebサイトを開設しました。素人の夫の制作ですが、『長野』の総目次を入れたり、研究の一端である全国の一茶の句碑なども掲載しました。これによって『長野』のバックナンバーが検索できるようになり、会員以外の全国の方から注文をいただいています。 またメールマガジン版『長野』を平成13年（2001）から月１回配信しています。これは息子が担当していて、本会の行事だけでなく県内の歴史関係の情報などもお伝えしています。私のブログ「小林玲子の善光寺表参道日記」は、これまでの私たちの活動である機関誌・Webサイト・メールマガジンの発行の延長線上にあったのかもしれません。<br /> 
東京でシナリオライターをやっている息子、小林雄次は、以前からブログ<a href="http://blog.livedoor.jp/scenarioland/" target="_blank">「小林雄次の星座泥棒」</a>で自分の活動を紹介していました。日記風でありながら、自分の活動を多くの方に知っていただけるブログは、とても魅力的でした。 私も自分の活動の舞台・善光寺表参道を紹介しよう、と思ったら自然に題名が決まりました。大げさに何かを伝えよう、と考えたらスタートできなかったかもしれません。気軽に普段活動している事、感じている事を書こうと思って始めました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ブログにアップするネタはどのように選択し、どのように取材していますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">善光寺表参道を舞台にした私の活動を載せるのが原則です。その日その日に、自分の活動した事の中から書いています。歴史や史跡をお伝えしようと思って始めたブログです。でも町を紹介するには、多角度から捉えなければ全体の動きを伝えることはできません。これまであまり関心がなかった新聞の経済面も読むようになりました。 <br /> 
長野市の中心市街地活性化を担ってオープンしたばかりの「トイーゴ」ですが、出店店舗がなかなかWebサイトや新聞に発表されませんでした。でも求人広告を見たら出店する店舗が出ていました。そこで、ブログに掲載したら多くの方が訪問してくださいました。「長野グランドシネマズ」がオープンした時も、権堂パーキングを検索した方がたくさんいました。歴史とは違う方面から訪れた方が、歴史や史跡に関心を持ってくださったら嬉しいです。<br /> 
ブログを始めてから、自分でも「取材」という言葉をしょっちゅう使うようになりました。私一人の力は微力ですが、マスコミにはできないこともできるのではないか、と最近は思っています。今、表参道は1000年以上もの歴史の中で、最も大きく変化している時期です。過去の歴史だけでなく、私たちが生活している現在も歴史の一部です。ブログで取り上げた事が、将来役に立つ時が来るかもしれません。<br />  
写真も歴史を伝える手段の一つです。日頃から表参道を歩く時に、ネタになりそうなことを写真に収めています。ただ時間が経ってしまうと、その写真を探すのが大変です。やはりその時々に、取材とともに写真も撮るというのが一番です。<br />  
最近は載せたい題材が多すぎて困っています（笑）。アンテナを張っていると、ネタはいくらでもありますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ブログスタート時は毎日更新ではなかったようですが、毎日更新するようになったきっかけは？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">始めたのは昨年の12月ですから、まだ1年経っていません。実は書き始めた頃は毎日書こうなんて思っていませんでした。でも年が改まって、いろいろな行事があったり、町の大きな動きなどが始まって、「生きている町」を感じました。こんな大きな変化はこれまでの長い歴史の中でもなかったことです。これは書く事によって記録に残せるかな、と考えて、とにかく1年間は続けてみようと思いました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─毎日書き続けることにより、ご自身の変化、または周りの反応などはいかがですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">実はこれまで普通の日記でも、こんなに長く書き続けたことはありません。毎日書き続けてもネタが尽きない善光寺表参道は、魅力がいっぱいなのだと改めて感じています。 また続けてこられたのは、常に読んでくださる方がいる、と感じられるからですね。書き始めた頃は、家族は「なにも毎日続けなくても」という反応でした。でも、今では離れている家族も、周りにいる家族も、応援してくれています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ブログをうまく書くコツはありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">全くの素人が気軽に始めたブログでした。今書き始めた頃のを読み返してみると、手探りで書いていたなと思います。固有名詞を出していいものか、内容をどの辺まで書いていいものかと、こわごわ書いていたような気がします。家族に「こんなこと、書いていい？」と、聞きながら書いていました。<br /> 
でも少し経つと、調べた事は何でもかんでも書かなければと、意気込みました。読んでくださる方のことは気にせずに、とにかく自分の記録ノートのようでした。今読んでみると、ずいぶん読みにくいですね（苦笑）。<br /> 
でも読んだ方から「調べる時に役に立った」と言われて嬉しかったです。ブログに書く事はきちんと調べて書いています。また、夫に必ず最初に読んでもらっています。歴史的なこと、年代のことなど、間違っているとすぐ指摘してくれます。これは私のブログの一番の強みだと思っています。<br /> 
最近は、大勢の方にご覧いただいていますので、読みやすさにも気を配っているつもりです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ブログの魅力とはなんですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私のこれまでの情報発信手段は、本や機関誌、新聞の連載、ラジオやテレビなどでした。どれも準備したり、発信するまでに大変時間がかかります。また他の方の手を借りなければ発信することは困難でした。でもブログはとても手軽に、しかも迅速に一人で情報発信できる手段です。また不特定多数の方にご覧いただくことができます。手軽に、敏速に多くの方に発信できるのがブログの魅力だと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─巡回ブログがあったら教えてください</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">他の方のブログはほとんど見ていません。時々息子、雄次のブログを見て、そう言えば最近電話がないけれど、仕事は順調だなと、安心したりしています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─書きつづけるコツがあれば教えて下さい</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">見ていてくださる方がいる、というのが一番の励みになっています。また最近では、家族もブログに載せる情報を提供してくれます。息子、竜太郎も、長野郷土史研究会や歴史の町長野を紡ぐ会に携わっていますので、写真を提供してもらっています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─善光寺や長野に魅了されたきっかけは？そして今後、どんな活動をしていきたいですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">この秋、結婚して30年を迎えましたが、その半分の年月は、存分に子育てに費やしました。絵解きをはじめたのが14年程前です。一番下の子の小学校入学が契機でした。その頃から地元の歴史や史跡にも関心を持つようになりました。<br /> 
長野は善光寺の門前町として栄えてきました。その善光寺は、地元の人々だけではなく、全国からの参詣者を迎えてきました。長い年月の間に億万の人々を救ってくださったお寺です。そして1000年以上も前から、参詣者と地元の人々が生き生きと交流していた門前町長野。学べば学ぶ程、知れば知る程、奥の深さを感じています。国語辞典で「門前町」と引くと、「善光寺における長野のような町」と書いてあります。「長野は門前町の代名詞」と言っても過言ではありません。<br /> 
長野には長い歴史があり、また人々の交流がありました。善光寺・長野の良さは、伝統を大切にしながらも、他の地域の人々やその文化を受け入れてきたという懐の深さではないでしょうか。今後も閉鎖的ではない自由な土壌で、新しい歴史や文化を造り出していける可能性を秘めていると思います。 
今、長い歴史の中で長野は大きな転機を迎えています。とかく人々は目先の変化やおもしろさに流されがちです。でもこれまでの歴史を知れば、100年後、200年後の長野の姿を思い描く事ができるはずです。小さな力ですが、そんな活動をしていきたいと思っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今後、どのようにWebを利用していきたいと思いますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私がご一緒に活動している皆さんは、私より上の年齢の方が多いです。 Webの世界をご存知ない方がほとんどですね。知らない方に説明しようと思っても、異次元の世界の話を聞いているようなお顔をなさいます。<br /> 
実は平成13年に長野郷土史研究会の講習会で「インターネットで学ぶ長野県の歴史・文化財」を2回開催しました。パソコンの講習会ではなくて、こんな世界があるのですよ、ということを知っていただこうと考えたんです。でも関心を持った方はごくわずかで、とても残念な思いをしました。Webは人から与えられるものではなく、自分から積極的に関わっていかなければ何も始まらないと痛感しました。<br /> 
実は歴史を調べるのに、こんなすごい手段はないんです。最近、夫と全国に伝わっている善光寺の伝説を調査しました。これまでは本が中心でしたが、時間と手間がかかりますし限度がありました。でもWebの力は無限です。<br /> 
一方検索しても、なかなか載っていないのが地域の小さな歴史です。私のブログがそうですが「こんな行事がありました」「お店が開店しました」「閉店しました」という小さな記事が、今後歴史を調べる時に、多いに役に立つはずです。たとえば機関誌『長野』に掲載するために調査した時、かつてセントラルスクエアにあったスーパー「ヴィナス」の閉店や映画館の閉館などは、調べてもなかなか分かりませんでした。新聞には開店は載っていても、閉店は載っていないのです。かつてあった道路が拡幅されたり、建物が取り壊されてしまうと、それは人々の記憶の片隅に残るだけで、その記録は残りません。でも、小さな出来事一つひとつが歴史なのです。大変おこがましいかもしれませんが、今後私のブログだって、日本や世界のどこかで誰かに利用していただけるかもしれません。立派な研究だけではなく一般の人が書いた記録でも、利用してもらえるのがWebだと思います。他の町のそんなブログがあったら、是非読んでみたいです。<br /> 
でもその一方で、一人の方が間違えた情報を提供すると、それがどんどん広がってしまうというのもWebのこわさです。そう考えると、Webは気軽に書けますが、内容は正確さが大切です。<br /> 
とにかく私が利用している世界は、まだまだほんの一部です。でもブログを始めたことによってWebの世界が大きく広がりました。無限の可能性を持っているWebの世界。今後も受け身ではなく自分の方から、もっと知りたい、利用したいという意欲を持ってお付き合いしていきたいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<h5><a href="http://blog.livedoor.jp/naganoetokino1/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_13kobayashi2.jpg" class="interviewph" alt="小林玲子" /></a></h5>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">小林玲子 [Reiko Kobayashi]<br />
絵解き口演家<br />
url :<a href="http://blog.livedoor.jp/naganoetokino1/" target="_blank">小林玲子の善光寺表参道日記</a><br /> 
</p>
<p xml:lang="en" lang="en">1952年　　長野市生まれ<br />
1993年〜　「善光寺如来絵伝」絵解きを開始<br />
1997年〜　長野郷土史研究会幹事<br />
2002年　　歴史の町長野を紡ぐ会設立<br />
2005年〜　歴史の町長野を紡ぐ会代表<br />
<br />
<strong>絵解き口演演目</strong><br />
「善光寺如来絵伝」「釈迦涅槃図」「当麻曼陀羅」「道元禅師御絵伝」「紅葉狩り」「熊野観心十界曼荼羅」「牛伏寺縁起」など。2005年夏、「小林玲子の絵解き　釈迦涅槃図」「小林玲子の絵解き　道元禅師御絵伝」のDVD、ビデオを出版。<br />
長野郷土史研究会機関誌『長野』に1997年から4年間に渡って、夫小林一郎とともに松代真田宝物館蔵の30巻本の『平家物語』の挿絵253枚に説明文を付けて連載。その挿絵をスクリーンに映して「絵語り平家物語」として発表している。<br />
また長野市民新聞に2006年2月から、夫小林一郎と交替で歴史読み物「長野をめざした旅人たち」を連載。<br /> 
歴史の町長野を紡ぐ会では、「善光寺昔語り」「善光寺の伝説の紙芝居」「門前町の伝説の紙芝居」の台本制作や指導を行っている。</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Related Site</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.janis.or.jp/users/kyodoshi/" target="_blank">長野郷土史研究会</a></li>
<li><a href="http://www.h7.dion.ne.jp/~tsumugu/" target="_blank">歴史の町長野を紡ぐ会</a></li>
</ul>
]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>12 Biondy Chopper</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2006/09/012_biondy_chopper.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=232" title="12 Biondy Chopper" />
    <id>tag:idnagano.net,2006:/interview//2.232</id>
    
    <published>2006-09-03T22:09:07Z</published>
    <updated>2006-12-26T00:11:38Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Illustrator" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_12biondy1.jpg" class="interviewph" alt="Biondy Chopper" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">浮世絵＋日本画＋アメコミという個性的なアートワーク等で様々なジャンルで活躍されているイラストレーター／グラフィックデザイナーのBiondy Chopper氏は、現在長野市で活動中。2006年9月10日にAgainのCLUB JUNK BOXで開催される音楽・ファッション・アートを融合させた巨大イベント「<a href="http://biondy.org/rockoutshow.html" target="_blank">ROCKOUT SHOW</a>」は、個人で開催するイベントとしては県下最大規模。イベント開催を目前に控えたBiondy Chopper氏に、これまでの活動とイベントに対する意気込みについてお話を伺った。<br />
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano　写真／ハラヒロシ</p></div>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─簡単な略歴を教えてください</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">2000年からイラストレーターとして活動を始めて、2001年に諸事情で長野に移り住んできました。はじめは出版社に勤めながらイラストレーターとしての活動も続けていて、2003年にフリーランスとして独立し、今はデザイナーとしての活動が多くなっていてイラストと半々くらいでやっています。2003年の後半にクライアントに縛られない、純粋なオリジナルアートワークを追求していくため「<a href="http://anti-notion.com" target="_blank">ANTi NOTION</a>」というデザインチームを立ち上げて、主にT-shirtsなんかを作ったりしています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─主にどのようなジャンルのお仕事をされていますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">一番多いのは音楽系の仕事です。CDジャケットやPV用のアニメーション、今はなくなってしまったんですが「Color」というフリーペーパーの表紙のイラストやデザインをやったりしていました。長野だとCLUB JUNK BOXさんのスタッフTシャツや、イベントTシャツのデザインや、2005年のAgain音楽祭のアートワークも担当させていただきました。ほかにもWEBサイトへのイラスト提供など、ジャンル問わずやっています。私も音楽が好きなので、必然的にこういう仕事が多くなるのかもしれません。</p>

<h5><img src="/interview/img/i_12biondy4.jpg" class="interviewph2" alt="2005年アゲイン音楽祭アートワーク" /></h5>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今の仕事に携われるようになるまでに、どういった取り組みをして、どういったステップを踏んで仕事を得るようになったのですか？挫折などはありましたか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">私の場合は周りに恵まれてるというか、自分から売り込みをしたことはあまりしたことがなくて、周りの人がいろいろな話を持ってきてくれることが多いです。そういうところに助けられてる部分はあります。ただ最初は作品をいつも持ち歩いて、とにかく色々な人に見せていました。それを続けていると自分の作品を覚えてくれるので、なにかあったときに思い出してくれて仕事がきたりしました。つながりっていうのはすごく大事ですね。ほかのイラストレーターさんから仕事がふられることもあるし、逆に自分の方からお願いする事もあったり。<br />
常に動いていることで、繋がっていくというのを近ごろ強く感じます。例えば最近Levi'sのウェブカタログ<a href="http://www.levi.com/japan/_product/index.html" target="_blank">「Levi's Fall & Winter 2006 Collection」</a>とPOP広告にグラフィックを提供させていただいたのですが、そのお話がきたのは、担当者の方が私のWebサイトを見ていただいて、その中のグラフィックの作品が気に入ってくれてメールを送っていただいたんです。グラフィックの作品がたまってきていて、Webサイトにアップしたのがそのお話の1週間くらい前のことだったので、それをやらなかったら絶対になかった仕事なんです。常に動いてないと何も生まれてこないというのを実感しましたね。<br />
挫折は…しょっちゅうです。「仕事」と「自分」のバランスをどこでとるか。グラフィックやイラストって勝ち負けがつかないけど、きっちりさせたくなってしまったり、それを否定したり。評価されることが大事なのか、自分だけが納得していればいいのかとか、答えの出せないことに思考を巡らせて、色んな矛盾が日々渦巻いてます。でもその矛盾に対して絶対に出ない答えを出そうとすることが、自分の作品づくりの源になっている気がします。</p>

<h5><a href="http://www.levi.com/japan/_product/index.html" target="_blank"><img src="/interview/img/i_12biondy3.jpg" class="interviewph2" alt="Levi's Fall & Winter 2006 Collection" /></a></h5>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Biondy Chopperさんの浮世絵・日本画・アメコミなどを融合させて和洋折衷な作風はどういった経緯で確立されたのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">感化されやすいので、色々なものに影響を受けてしまうんですが、はじめはアメコミっぽいものやロウブロウなんて呼ばれてるスタイルが好きで、学生時代から卒業して2・3年はそういう作品ばかり描いていました。でもロウブロウはやってる人もたくさんいるし、自分だけのものをと考えている時に浮世絵・日本画の世界にはまって、これを取り入れられないかなと思っている時にマイアミバズーカヘッドというバンドのTシャツをつくらせていただいたんです。このバンドが昭和歌謡のにおいのするスカパンクバンドっていう面白いバンドで、そのTシャツでモチーフにしたのが女の風神雷神。そこではじめて和をとりいれたイラストを描きました。そのすぐ後に今度はコンバースのバスケットボールウェアの広告のお話をいただいて、その広告のコンセプトは「バスケットボール戦国時代」でした。武将がバスケットをしているところをアメコミ風に描ける人ということで、アメコミっぽいのを描いていた私に白羽の矢がたって、たてつづけに「和」を取り入れたものを求められた仕事がタイミングよく入ってきたんですね。その一連の仕事で、一気に自分の世界が確立したと思っています。<br />
マイアミバズーカヘッドもTシャツが好評で、その後CDジャケットを2回やらせていただいたり、コンバースも前期・後期に渡ってイラストを描かせていただきました。<br />
でもこのスタイルもまだ完全に確立するには至っていません。バランスがすごく難しくて、どっちかに寄ってしまうとカッコ悪くなってしまう。まだまだ試行錯誤の途中です。</p>

<h5><img src="/interview/img/i_12biondy5.jpg" class="interviewph2" alt="マイアミバズーカヘッド1stアルバム「New Generation SKA」" /></h5>

<h5><img src="/interview/img/i_12biondy2.jpg" class="interviewph2" alt="CONVERSE 2003 FOR THE TEAM CAMPAIGN" /></h5>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─作品を仕上げるまでの手法はどのようなものがありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">基本的にはほとんど手描きです。とにかくペン一本でどこまで仕上げられるかが勝負です。自分にとって色はおまけのようなもので、色に対して苦手意識があるのもあるんですが、できたイラストをスキャンして、ベタで色をつける感じです。ものによってはアメコミ調のドットをいれたり、シルクスクリーンの版ずれを意識していれることでバランスをとったりします。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最近のお仕事を紹介いただけますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最近は「ANTi NOTION」の活動を通じてグラフィックの作品をつくることが多いんですが、さきほども少し話をさせていただいたLevi'sのウェブカタログや、 Radio CarolineというバンドのTシャツのデザイン。少し前になりますが、今年31年ぶりに復活する「吉田拓郎＆かぐや姫 Concert in つま恋2006」のロゴデザイン、広告、フィギュア・パッケージのデザインなどをやらせていただきました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─お仕事以外にしている製作活動は？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「ANTi NOTION」の活動のひとつとして2004年から「Jezas13」というTシャツレーベルを立ち上げて、自分達でシルクスクリーンプリントでTシャツなどの製作・販売をしているのですが、今年の9月11日から「ROCKOUT STUDIO」というANTi NOTIONのアトリエ兼ショップを長野市母袋にオープンさせます。そこでは普段つくっている量産用のTシャツのほかに、お店には委託できないような1点モノのアイテムを展開していったり、とにかくクリエイティブな活動の拠点として、他の人にも楽しめる空間を提供していければと思っているので、興味のある人はぜひ遊びにきていただきたいですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─9/10日に開催されるイベント「<a href="http://biondy.org/rockoutshow.html" target="_blank">ROCKOUT SHOW</a>」とはどんな内容ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「ROCKOUT SHOW」はおそらく個人で開催するものとしては長野市で最大級のイベントです。音楽・ファッション・アートなどをとりいれたイベントはほかにもあると思うのですが、どんな人でも楽しめるエンターテイメントなイベントとしてショッピングプラザアゲイン7FのCLUB JUNK BOXとアゲインホールで行います。アゲインホールでは東京などで活躍する12人のプロのクリエーターさんのエキシビジョンを行います。当日は全員ではないですが、何人かのクリエーターさんが直接会場にきてくださるので、お話できる機会もありますよ。JUNKBOXでは出演バンドと出演ブランドのコラボレートファッションショーライブやエキシビジョン参加クリエーターによるライブペインティングもあります。その他にもいままでライブハウスで見たこともないようなことも企画してます。詳しくは特設サイトがありますので、そちらをご覧いただければと。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─個人でこれだけ大きな規模のイベントを開催されるのは大変だと思いますが、いつごろから計画されていたのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">計画は5・6月くらいからですね。今回のイベントにはもうひとりオーガナイザーがいるのですが、その人が関わっている「AFFORD」というバンドがCDをリリースするにあたって、長野でライブをやりたいからイベント一緒にやらないかと持ちかけられたのが最初です。また「SKY CARNIVAL」という長野の若手DJが仕掛けているイベントがあって、そのメンバーが不定期で行っている「AT THE HOP」というイベントで3月にファッションショーをやらせてもらたんですが、そこで味をしめちゃったんですよね（笑）。それでもう一度やりたいと思っていたり、うちの関わっているバンドもちょうど長野でライブをやりたいといっていたので、じゃあやってみましょうとなりまして、打ち合わせの時にアートもいれてやりたいとか、いろいろと話が膨らんで、声をかけていったらいつのまにか大規模なイベントになっていました（笑）</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─イベントに出演される方々はBiondy Chopperさんの人脈ですか？よくこれほどのメンバーを集められましたね？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">いえ、もうひとりのオーガナイザーの方といっしょに声をかけていきました。エキシビジョンのほうは自分の分野なので、知っている方に声をかけさせていただきました。ジャンルは違っても良いモノを創っている人たちとやってみたいなと思いまして。バンドやDJはもうひとりの方にお願いしたり。それにAgainさんだったりJUNK BOXさんだったり、いろいろな人たちの協力があって、実現できている部分が大きいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、イベントにかける意気込みをお聞かせください</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">とにかく出演者の多いイベントで、ひとつひとつは説明しきれないんですが、本当にすごいメンツが集まっています。クリエイティブなことに興味がある人は絶対観にきてほしいですね、特に若い人たちは是非。個人的には「SKYBEAVER」というバンドをぜひ見ていただきたいです。ヴォーカル／ギターの藤澤さんは須坂市出身で、ヴォーカル／ベースの安井さんも茅野出身という長野にゆかりのあるバンドで、ほんとうの意味でエモーショナルな音楽を聴かせてくれます。曲を聴いて電流が走りました（笑）。普段はやらないんですが、こっちからアプローチしてコラボTシャツをださせてもらったり、今回のイベントの出演も長野の人にぜひ聴いてもらいたいバンドなので、お願いして出演してもらった大プッシュのバンドです。そのほかにもJUNK BOXでは自分とエキシビジョン参加クリエーターのKATOKEN、泉川マクフライでライブペインティングをやります。3人で一枚の絵を仕上げるのは初の試みなので自分も当日まで全然わからないんですけど（笑）。<br />
　今はインターネットのおかげでどこにいてもアクションさえ起こせば世界中の人にみてもらえる機会がありますよね。地方だからとかは関係なくて、逆に地方から良いものが発信されていく時代になっていくと思ってます。長野でもどんどんそういうことが増えてきて繋がっていけたら、もっとおもしろいコトができるんじゃないかと。自分としてはこのイベントを通じて少しでも長野が盛り上がるきっかけになったり、刺激になれば嬉しいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。当日は実はid=Naganoのワークショップがすごく近くで開催されますので、ワークショップ前にお邪魔させていただきますね。</em></p>

<h5><img src="/interview/img/i_12biondy7.jpg" class="interviewph2" alt="ANTi NOTION" /></h5>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">Biondy Chopper<br />
イラストレーター<br />
url :<br />
<a href="http://biondy.org/" target="_blank">Biondy Chopper ArtWork</a><br />
<a href="http://anti-notion.com" target="_blank">ANTi NOTION</a></p>
<p xml:lang="en" lang="en">1978年生まれ。長野県在住。浮世絵や日本画、アメコミなどを融合させたイラストを得意とするJaponism Lowbrowイラストレーター。CDジャケットや、PVアニメーションなど主に音楽と関わる仕事を多く手がける。2003年にクライアントに縛られない、純粋なオリジナルアートワークを追求していくため、デザインチーム「ANTi NOTION」を立ち上げる。シルクスクリーン、ペインティング、ドローイングなど様々な手法で既成概念の外側にあるものをテーマに作品を生み出していく。</p>

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Faborite Site</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.33rpmdesign.com/" target="_blank">Andrio Abero | 33rpm</a></li>
<li><a href="http://www.g2works.com/" target="_blank">Genevieve Gauckler</a></li>
<li><a href="http://www.skull-dez.com/" target="_blank">THE SKULL DEZAIN</a></li>
</ul><br />

<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Event</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en"><a href="http://biondy.org/rockoutshow.html" target="_blank"><img src="/interview/img/i_12biondy6.jpg" alt="ROCKOUT SHOW" /><br />ROCKOUT SHOW</a><br />
2006.9.10sun [CLUB JUNK BOX]</p>]]>
    </content>
</entry>

<entry>
    <title>11 ながはり朱実</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2006/08/011.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=217" title="11 ながはり朱実" />
    <id>tag:idnagano.net,2006:/interview//2.217</id>
    
    <published>2006-08-04T04:21:26Z</published>
    <updated>2006-09-19T10:38:55Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Illustrator" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_11nagahari1.jpg" class="interviewph" alt="ながはり朱実" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">個性的なイラストやグラフィックデザインで、媒体を問わず様々な分野で活躍されているながはり朱実さんは、10年間の会社（修行）時代を経て2002年にフリーとなり、ながはり朱実制作室をスタート。自分らしい表現を確立するまでに多くの試行錯誤があったというながはりさんの根底には、常に変わらぬ「落書き好き」な遊び心とクライアントに対する思い入れがあり、それが作品に表れているように感じます。ながはりさんのこれまでの歩みを、長野のクリエイティブ集団・<a href="http://www.nana-t.net/" target="_blank">nana*t</a>の活動も交えてお話を伺いました。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／坂田大輔　写真／ハラヒロシ</p></div>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─主にどのような仕事をしていますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">主にイラスト、グラフィックデザインです。もともとはグラフィックデザイナーだったのですが、最近はイラストの仕事のほうが多いです。あとグラフィックデザインの分野ではOKA学園で講師もしています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─いつごろからイラストを描いていましたか？ イラストレーターという職業を選んだのはいつ、なぜですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">誰もがそうかもしれませんが、授業中ノートの隅に落書きするのが大好きでした。今もあまりそのころと気持ちは変わってないです。ひたすらエンピツや筆…今はタブレットが多いですが、思うがまま無責任に描くのが好きですね。 
実際は、養護教諭になる学校に進学しました。保健室の先生もいいかなと思ったんですけど、教育実習に行って血がダメで挫折しました（笑）。でもそのとき運命的に出会ったのが「保険だより」でした。もちろん前々から見ていたんですけど、その「お便り」を創る楽しさみたいなのに出会って。それと同時期に周りの友人が熱く夢を語るのに触発されて「あたしも絵を描くんだ！」みたいになりました。<br />
この勢いで就職活動に入って、長野市内のデザイン会社にたまたま就職して、10年間Macintoshにささげて来ました（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─10年間の会社生活はいかがでしたか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もちろん仕事ですので、自分の意思と違うこともたくさんやりました。すでに2年目くらいでそういった仕事に疑問を持ってもう一度きちんと勉強しなおしたい！と思ったのですが、なぜか忍耐強く続けてしまいました。今とは違ってあまり積極的に自分を表現する活動もしていなくて、10年間ひたすら会社で修行という感じでした。でもその修行で得たことがたくさんあって、仕事に対する考え方を教わった大事な時期でもあるんです。会社にはほんとに恵まれてたと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─影響を受けたアーティスト・作品などはありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">小さい頃から少女マンガは大好きでした。たぶんそこがベースになっていると思います。 小学校の時は高階良子とか多田かおるとか好きで、「フレンド」「なかよし」「リボン」「ちゃお」「マーガレット」は毎月見ていたし、中・高校もやっぱりマンガはよく見てました。今はあまり見なくなったけどちょっとずつ集めているのは上村一夫です。この人の絵や雰囲気は大好きです。あと北斎漫画。すごくいいです。最近影響を受けたといえばこの2者かな。マンガじゃなかったらあとは節操無く好きなものが多いです。中原淳一、寄藤文平、草間彌生、荒木経惟とか。「クール」や「かっこいい」より、土臭いものを求めます。 </p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ながはりさん自身は、ご自分の作品について「見る人の心を“チクっ”とさせる絵を、生活の中の“ちょっといいもの”に変えていきたい」というように表しています。ながはりさんの作品をみると、どれもそういった要素を感じることができます。そのような「自分らしさ」を確立することは自然にできたのでしょうか。それとも様々な試行錯誤があったのでしょうか。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">ずっと試行錯誤です。 「この人いいなー」って思うとすぐ影響されちゃうし。恥ずかしながら…。ずっと広告やって、クライアントがいて、をやっていたから、自分の作品ってよくわかんないままずっと来ていたんですけど、ここ1、2年でちょっとわかってきたんですよね。それは、私は人が好きなんだなぁということですね。 きれいな部分もちょっとイヤな部分も。それがわかって絵を描くようになったらなんとなく自分らしさというか、これしかできないんだな的な事を思えるようになりました。ほんとはナチュラルテイストなものとか人を癒せるものとか描きたいって思うんですよ。でもなんかガビガビってした絵になっちゃう。でもそれも「自分らしい」って今は思えます。そういった部分を私の作品から感じ取ってもらえてすごく嬉しいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ながはりさんのテイストを求めてお仕事をお願いされる方も多いのですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もちろんそういった場合もありますが、クライアントのイメージを伝えてもらって、そのテイストに合わせて描くことも多いです。強制的にこうしろと言われて描くのはあまり気が乗らないですが、その人の考え方ややり方がいい！と思って描く場合は自分でも楽しんで描けています。仕事の中では、気持ちのこもったクライアントに徹底的に叩きのめされて、20回ぐらい描き直した時もあります。それは得意な分野ではなかったのですが、クライアントが何度も何度も写真などの資料を見せて根気よくイメージを伝えてくれたので、心を込めて制作にあたることができました。打ち合わせが念入りな人だと、私ものめりこんでしまいますね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─作品に落としこむまでのプロセスの中で、基準や方法はありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">紙に落書きして、それがだんだん形になっていって清書するか、Macのタブレットで仕上げるって事が多いです。仕事だと直しが入ることもよくあるのでそういうとき手書きよりMacで仕上げると融通が利きやすいです。<br />
クライアントのイメージがある場合、そのイメージにいかに近づけるか、ただ似せて描くだけじゃなくて自分でも面白いと思って描けるように気をつけてます。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ながはりさんも一員であるという<a href="http://www.nana-t.net/" target="_blank">nana*t</a>とはどういったグループですか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">長野で活動しているグラフィックデザイナー、クラフトデザイナーなどの5人が集まったクリエイティブ集団です。この5人を中心に全国のいろんな方たちに協力してもらって、各地で展示会等を展開しています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─nana*tでは、ざぶとん、Tシャツ、トートバッグなど、媒体にこだわらず様々な分野に取り組んでいますね。こういったアイデアはどのように生まれてくるのでしょうか。 </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">だいたいはリーダーの中沢定幸さんの一言が一番大きいんですが。 今夏、軽井沢で「ペット2006」と銘打って8月24日から、5店舗に協力してもらって展示販売します。この「ペット2006」というのもなぜ生まれたかというと昨年の「トート2005」のときお世話になったパインズランチョネットさんに「軽井沢という土地柄、ペットグッズがもっとあったら良かった」といわれたんです。で、「じゃあ来年はペットだ」と。そんな感じで時代や場所、ニーズが大切なんだと思います。<br />
あとは“つながり”ですね。今回のペットで箒（ほうき）の提案をするのですが、箒も老舗江戸箒屋さんに協力してもらってます。そのつながりも、前回のざぶとん2006の東京開催地がその箒屋さんだったりするんです。<br />
いつも紙媒体で仕事していることが多いので、「nana*t」の活動は修行みたいな感じです。まだまだだぞ、あたし！って日々精進してます。こういう活動ってダイレクトに感想が伝わってくるので怖い反面、やっぱり楽しいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野という地域性は、ご自身の作品に影響を与えることはありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">nana*tで県外に行って直接色んな人達と話す機会が増えて、そこで改めて「長野」を強く意識しました。自分じゃ全然気が付かなかったことを見に来てくれるお客さんが逆に「長野らしい」なんて言ってくれたり。やっぱり長野でのびのびやってるのがでるんだろうなと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─「長野」を意識してとりくんだ作品や企画などはありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">nana*tで「ざぶとん」をテーマにしたときは県外の方に「長野らしい」と言われました。 個人的には、県外で展示することを意識したとき「長野らしさ」を考えて、寒い土地だからできる質のいい紙「内山和紙」を使って絵を描いてみたり、実家の花をたくさん持ってきてみたりしました。県内にいるうちはあまり意識しない「長野」のよさも、県外で活動することによって強く意識するようになったと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─長野のクリエイティブについてはどうですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">「Webサイト作れないの？」とよく言われて、「Webはちょっと…」というと「何でもできるって言いいなさい！」って怒られることがあるのですが、なんでもできる人よりも、ちゃんとすみ分けてスペシャリストがいるほうが、長野のクリエイティブの向上に繋がるのではないかと思っています。そしてそれぞれの分野で、たとえば、Webの盛り上がりやグラフィックの盛り上がりがさらに横で繋がってくれば長野はもっと面白くなるんじゃないかなぁと思います。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最後に、これからやってみたいことはありますか？ </em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">じっくり自分の絵と向かい合ってみたいです。 いろいろやったけど、やっぱり「絵」が自分に一番近い表現なんだっていうのを強く感じたので。 それからじっくりとはまた別に、毎日修行のように日々の事を描いていったりしたいです。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<h5><img src="/interview/img/i_11nagahari2.jpg" class="interviewph2" alt="" /></h5>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">ながはり朱実 [ Akemi Nagahari ]<br />
イラストレーター<br />
url :<a href="http://www.nana-t.net/" target="_blank">nana*t</a></p>
<p xml:lang="en" lang="en">1972年中野市生まれ。長野市在住。株式会社ビー・クスに勤務しながら落書きをテーマにした個展を行う。2002年長野市立図書館前にて「ながはり朱実制作室」をスタート。個人事業の時間を自由に使える楽しさを知り、グループ展やスカバンド、アングラダンス、お笑い、映像（アニメーション？）など色んな事を試してみる。2004年よりnana*tの前身の活動となる「Tシャツ2004」を長野市内11店舗にて展開。 2005年には主要メンバー5人でnana*t結成。日本各地で展示販売スタイルの活動を開始。8/24からは軽井沢にて「ペット2006」を展開。他に個人名で信濃美術館「ヘアーデザイン展」のミュージアムショップにて顔ヘアーゴムを販売中。制作活動の傍ら、OKA学園にてグラフィックデザインの講師も兼任。</p>
<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Faborite Site</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.adgame-wonderland.de/type/hokusai/index.php" target="_blank">Hokusai Manga Construction Kit</a></li>
</ul>
<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Information</em></h2>
<p>常に何かしら活動中です。チェックしてみてください。あと、秋に結婚します。</p>
]]>
    </content>
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    <title>10 高橋健一</title>
    <link rel="alternate" type="text/html" href="http://idnagano.net/interview/2006/07/vol10.php" />
    <link rel="service.edit" type="application/atom+xml" href="http://idnagano.net/cgi-bin/mt/mt-atom.cgi/weblog/blog_id=2/entry_id=182" title="10 高橋健一" />
    <id>tag:idnagano.net,2006:/interview//2.182</id>
    
    <published>2006-07-03T09:37:44Z</published>
    <updated>2006-09-19T10:38:55Z</updated>
    
    <summary></summary>
    <author>
        <name>id=Nagano事務局</name>
        
    </author>
    
        <category term="Web designer" />
    
    <content type="html" xml:lang="ja" xml:base="http://idnagano.net/interview/">
        <![CDATA[<h5><img src="/interview/img/i_10takahashi1.jpg" class="interviewph" alt="高橋健一" /></h5>
<div class="profile"><p xml:lang="en" lang="en">インタラクティブなFlash制作を得意とするインタラクション・デザイナーの高橋健一氏は、国内トップレベルのWeb制作会社・<a href="http://www.imgsrc.co.jp/" target="_blank">株式会社イメージソース</a>に在籍。国内外で高い評価を得ている企業でいかんなく発揮しているその能力は、学生時代からたゆまぬ探求心でコツコツと積み上げてきたものだ。単に新しい知識を学習するだけでなく、その知識を新しい表現に結びつけカタチにしていく姿勢は、まさしくこれからのWebクリエイターに必要な能力ではないかと考えさせられる。</p>
<p xml:lang="en" lang="en">インタビュアー／id=Nagano</p></div>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Web業界に入りたいと思ったきっかけは何ですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">もともと美術大学でグラフィックデザインを学んでいました。大学2年次の授業でHTMLを少し習ってそれがきっかけでHTMLにハマリ、だんだんと本格的に勉強したいと思いが強くなって、3年次の研究室選択で一番Webデザインをしそうな研究室に入りました。<br />
当時はPCを持っていなかったので常に研究室にいましたね。ひたすらWebサイトを見たり作ったりFlashを作ったりしていました。あと、フォントブームに流されてオリジナルフォントなんかも作ったりしてました。そして、そのまま卒業と同時にWeb制作会社（一社目）に入りました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─影響を受けた、クリエイター・アーティストなどいましたら教えてください</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">グラフィックデザイナーの平野敬子さんです。僕が高校生のころ、小沢健二の<a href="http://www.amazon.co.jp/exec/obidos/ASIN/B00005GM0M/503-7083765-6522309" target="_blank">dog</a>というアルバムがリリースされて、そのジャケットに強く感銘を受けました。それがきっかけでデザイナーという職業に興味を持ち、美大に行きたいと思ったんです。その後、就職してから平野さんの事務所でちょっとした展示があって、本人にお会いすることができたのですが、緊張と興奮で何をしゃべっているのかわからなくなってました。「ずっと憧れてました！好きでした！！」とか言っていたと思います。。その夜は興奮しすぎて眠れませんでした（笑）。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─実際に現場で仕事をするようになって、学んできたことは役立っていますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">役に立っています。ただ常に業界自体が急速に成長しているので、今も勉強中です。HTML→Javascript→Action Script→Perl→PHP・SQL→JAVAなどなどすでに忘れてしまったものも多いのですが…いろいろやりました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Flashはどのようにして学ばれましたか？また、情報源はありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">大学の授業でも多少フレームアニメーションなど習いましたが、ActionScriptは就職後独学でおぼえました。プログラミングとは全く縁がなかったので最初のころはとても苦労しました。今もかなり苦労していますが…当時は有名な「macromedia FLASH ActionScriptバイブル」という本などを見ながらやってました。最近は国内外のFlash系ブログから情報を得ることが多くなりました。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─現在、国内でも有数の制作会社・イメージソースに在籍されています。どのような立場で仕事をされていますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">たまにデザインもしますが、最近はFlashを中心に仕事をしています。アニメーション的なFlashよりも、3Dプログラミングをしたりにサーバサイドと連携するようなものを作ることが多いです。毎回自分の中で、技術的・表現的に少しでも新しいことに挑戦するようにしています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─新しい技術がどんどん生まれていくこの業界のなかで、常にアイデアを実現するための技術や知識が求められると思いますが、アイデアを具体化するときに苦労することやプレッシャーなどありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">うーん。あまりないです。会社のデザインエンジニア（Flash・HTML・Javascriptなど実装にかかわる人たち）それぞれ、得意な分野があるので自分が知らない新しい技術などはその人に聞いたり、MLなどを通して技術の知識はある程度知ることができますので。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─Webの技術、業界などで面白いと感じていることはなんですか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">アマゾンやグーグルなどのWebサービス、Ajaxなどいろいろ流行の技術が出ていますが、実はあまり最近流行の技術には興味なしです…。しいて言うならFlashMadiaServerを使ったマルチユーザコンテンツでしょうか。今度、個人のウェブサイトをリニューアルしようと思っていて、そこでマルチユーザモノにしようとしていました。“いました”というのは忙殺されて制作が数ヶ月ストップしているからだったりするんですが…。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─制作会社でのスタッフ間のコミュニケーションはどういった方法をとられていますか？もし、ツールなどをお使いでしたら教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">基本的にメーリングリストを使っています。ひとつのプロジェクトに対して社内用・クライアント用・外注用など複数のMLがあり、プロジェクトチームメンバーが常に案件の状況を把握できるようになっています。また、比較的規模の大きな案件では、MLとは別に<a href="http://www.edgewall.com/trac/" target="_blank">trac</a>というシステムを使って開発管理などを行っています。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─今取り組んでいること、これから目指したいことはありますか？</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">最近は3D・物理・AIプログラミングの勉強するほうに力を入れてます。アルゴリズムをひとつ理解すると表現の幅がだいぶ広がりますし、アルゴリズム自体は一度理解してしまえば非常に応用が利きますので。そのことを効率よく学習するために数学を基礎からみっちりやりたいです。ゲーム系プログラミングの本を読んでいるとわからない記号や式たくさん出てきてそれだけで嫌になってしまうので…。あと個人のウェブサイトのリニューアルですね。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─最近のお仕事を教えてください。</em></p>

<p xml:lang="en" lang="en" class="interviewcomment">オリンパスの写真・音楽のコンテンツサービス<a href="http://www.olio-life.jp/" target="_blank">｢olio（オーリオ）｣</a>（詳細はオリンパスの<a href="http://www.olympus.co.jp/jp/news/2006a/nr060613olioj.cfm" target="_blank">ニュースリリース</a>参照）で、ティザーのFlashを作成しました。ラインの描画・動き・BGMとの同期などすべてスクリプトで制御しました。本サイトは現在制作中です。</p>

<p xml:lang="en" lang="en"><em>─ありがとうございました。</em></p>

<h5><a href="http://www.olio-life.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_10takahashi2.jpg" class="interviewph2" alt="olio" /></a></h5>

<h5><a href="http://www.olio-life.jp/" target="_blank"><img src="/interview/img/i_10takahashi3.jpg" class="interviewph2" alt="olio" /></a></h5>]]>
        <![CDATA[<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Profile</em></h2>
<p xml:lang="en" lang="en">高橋健一 [ Kenichi Takahashi ]<br />
インタラクションデザイナー<br />
url :<a href="http://www.kenbu.com/" target="_blank">kenbu.com</a></p>
<p xml:lang="en" lang="en">1979年　横浜生まれ<br />
1994年　長野県に引越す<br />
2002年　東京工芸大学デザイン学科卒<br />
2005年　株式会社イメージソース入社
</p>
<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Portfolio</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://www.kenbu.com/" target="_blank">kenbu.com</a><br />
しばらく放置ですが、今年の秋くらいまでにリニューアルしたいと思っています。実は、3ヶ月くらい前からちょこちょこ制作はしていているんですが、仕事が忙しくなると度々ストップしてしまっています。</li>
</ul>
<h2 xml:lang="en" lang="en"><em xml:lang="en" lang="en">Favorite Site</em></h2>
<ul xml:lang="en" lang="en">
<li><a href="http://namco-ch.net/mojipittan/index.html" target="_blank">もじぴったんうぇぶ</a></li>
</ul>]]>
    </content>
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